第27回ワークショップ議事録:10月30日(木)「開発プロジェクトにおける環境社会影響と世銀セーフガードポリシー」

【第27回ワークショップ議事録】

2014年10月30日(木)、世界銀行業務政策・借入国サービス局業務リスク管理部環境社会基準アドバイザリーチームにて、環境専門家としてご活躍なさってい る佐藤健明さんをプレゼンターに迎え、「開発 プロジェクトにおける環境社会影響と世銀セーフガードポリシー」というテーマで第27回ワークショップが開かれました。

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【テーマ】 「開発プロジェクトにおける環境社会影響と世銀セーフガードポリシー」

世界銀行が支援する開発プロジェクトは、交通、エネルギー・資源、水、都市開発、環境、保健、教育等、多岐に渡りますが、その多くが多かれ少なかれ環境・社会になんらかの影響を及ぼしています。では実際、開発プロジェクトにおいてどのような環境・社会影響が生じるのでしょうか?またそれらの影響を未然に防止・緩和するために、世界銀行はどのようなルールや手続き、組織体制を確立しているのでしょうか?具体的な事例を通じて、開発プロジェクトにおける環境社会影響にどのように対処することができるのか、参加者の皆さんと考えてみたいと思います。また世界銀行のセーフガードポリシーやプロジェクトサイクルにおける環境社会配慮の仕組み、組織体制について概説いたします。

【プレゼンター略歴】 佐藤健明(さとう たけあき):世界銀行業務政策・借入国サービス局業務リスク管理部環境社会基準アドバイザリーチーム 環境専門家

新潟県村上市出身。99 年立命館大学政策科学部卒業。日系環境コンサルティング会社にて地方自治体の環境計画や廃棄物処理計画の策定、廃棄物処分場の戦略的環境アセスメント業務等に従事。2005年ミシガン大学自然資源環境学大学院入学、2007年理学修士及び空間分析サーティフィケートを取得。卒業後、外資系環境コンサルティング会社にて開発途上国等の大規模インフラプロジェクトにおける環境社会配慮確認業務や戦略的環境アセスメント、工場等における環境・労働安全衛生順法監査、環境デュー・ディリジェンス業務、環境法規制調査等に従事。2013年、世界銀行中東北アフリカ地域総局セーフガード事務局に入行。借入国政府やタスクチームが作成する環境・社会セーフガード関連文書のレビュー、タスクチームに対する開発プロジェクトの環境・社会配慮に関する助言等を実施している。

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【プレゼンテーション】

1. イントロダクション

「セーフガード = 環境・社会を守るための政策」と定義した上で、A Factory Grows in Haitiという題目のビデオを観て、このビデオから何が問題であったか等につき意見交換が行われた。

<ビデオのリンク>

http://www.nytimes.com/video/world/americas/100000001632553/a-factory-grows-in-haiti.html

参加者からは、「雇用を創出したが、環境にダメージを与えた」、「プロセスを急ぐために、環境アセスメントが十分になされていなかった」、「開発のためにやった案件が結果として漁師の仕事を奪ってしまった」などの意見があった。佐藤さんからは、Alternative Site Analysis (環境破壊が懸念されるサイトで本当に案件をやらないといけなかったのか、他にサイト候補地はなかったのか)などセーフガードの視点から、ハイチの案件について多くの点が指摘された。そして、ネガティブなものを排除もしくは軽減すると同時に、ポジティブな効果を高めるのがセーフガードの目的との説明があった。

 

2. 世銀で定めるセーフガードの種類

以下のとおり、合計13種類。

<Environmental>

(1) Environmental Assessment (OP 4.01) 環境アセスメント

(2) Natural Habitats (OP 4.04) 自然生息地

(3) Forests (OP 4.36) 森林

(4) Pest Management (OP 4.09) 害虫管理

(5)Physical Cultural Resources (OP 4.11) 文化遺産

(6)Safety of Dams (OP 4.37) ダムの安全性

<Social>

(7) Indigenous Peoples (OP 4.10) 先住民

(8)Involuntary Resettlement (OP 4.12) 非自発的移転

<Legal>

(9) Projects on International Waterways (OP 7.50) 国際水路案件

(10) Projects in Disputed Areas (OP 7.60) 紛争地域における案件

<その他>

(11) Access to Information 情報へのアクセス

(12) Use of Country Systems (OP/BP 4.00) 各国制度の適用

(13) Performance Standards for Private Sector Activities (OP4.03) 民間セクター活動のパフォーマンス基準

 

3. 世銀内での連携

実際に案件計画・実施を担当するタスク・チームが、準備段階においてどのセーフガードポリシーが適用されるか、また、そのカテゴリ分類(影響の大きさ)につき検討する。該当するそれぞれのセーフガードポリシーについての専門家がチームに加入する必要がある。(例えば、自然生息地セーフガードポリシーが適用された場合には生態系の専門家等)これに対して、佐藤さんの所属する環境社会基準アドバイザリーチームでは、タスクチームの判断(適用セーフガードポリシーとカテゴリ分類)が妥当であるかを審査する。なお、世銀とクライアント(被援助国)間のデマケは、クライアント側が実際にセーフガードを実施し(公の協議、等)、世銀はあくまでそれを支援・確認する立場。

 

4. 各プロジェクトサイクルにおける説明

案件準備・審査段階での環境アセスメント及び報告書作成や、案件実施段階でのモニタリング等につき説明があった。

 

5. 事例:レバノンのダム建設案件

(1) リスク

カテゴリーA(最大リスク)案件であった。具体的には、土壌侵食が起きやすい地質、ダムに土砂が堆積しやすい、ダム建設による水質低下・水流低下、地震が起こる地域のため建設の際に活断層をいかに避けるか、貴重な植物・絶滅寸前の生物がいる、修道院の移転も必要、住民の移転と補償、など様々なリスクが認識された。

(2) 適用されたセーフガード

4.01 Environmental assessment

4.04 Natural habitats

4.36 Forests

4.11 Physical Cultural Resources

4.37 Safety of Dams

4.12 Involuntary Resettlement

それぞれの適用セーフガードにつき、具体的なリスク対応・軽減プランが作成された。

(3) 環境社会基準アドバイザリーチームの役割

・案件準備段階で様々なコメントをした。

・タスク・チームが見落としていたAssessment for quarries(砕石場に係る報告書)につき作成指示した。

・Biodiversity Action Plan(詳細なモニタリングプラン作成等)などについてもタスク・チームに指示

以上の作業は、案件を早期に承認したいタスクチームの作業は増えるものの、案件の質を高めるためには重要との指摘があった。

 

6. Inspection Panel

Inspection Panelは、案件によって影響を受けた人々からの苦情を受け付ける世銀内の中立機関である。21年間に寄せられた苦情のうち、100件ほどは調査に値するものがあった。その内訳は、

1位:環境アセスメント(しっかりと環境アセスメントがなされていたか?等)

2位:案件監理(世銀の実施体制が不十分等)

3位:非自発的な移転

4位:先住民関連

であり、1、3、4位はセーフガードに関するものであり、セーフガードの重要さを物語っている。

 

7. 世銀のセーフガードポリシー改革

現在、世銀内でセーフガードポリシーの改定作業が行われている。これは、既存の13つのセーフガードポリシーは問題が指摘されるたびに作ったものであり(なので、ダムだけのセーフガードがあるなど)、包括的ではない等の理由からである。現在のところ、改定後の新セーフガードポリシーは、既存の13のセーフガードポリシー内容は存続させるともに、新しいセーフガードを含める方向で検討されている。例えば、「Labor and working conditions(労働者の安全性)」などを含めた包括的なポリシーを作ろうとしているところ。

 

8. 最後に(世銀のセーフガードポリシーに関する佐藤さんの個人的意見)

(1) セーフガードは案件実施を急ぐタスクチームからは煙たがられるものであるが、決して「セーフガード = 追加負担」ではない。セーフガードは案件の質向上や開発効果達成のために必要不可欠なものである。

(2) タスクチーム内の担当者は、迅速な案件承認のためにセーフガードポリシーの適用が甘くなってしまうことがあるため、タスクチームから独立した環境社会基準アドバイザリーチームの役割は重要である。

(3) 世銀のセーフガードポリシーは国際社会で見本にされている。JBICやJICA、他の国際開発金融機関も世銀のものにならっている。

(4) 今までは世銀のセーフガードポリシーに従って、プロジェクトを実施するようにクライアントである被援助国政府に言ってきたが、今後は各国がすでに保有しているセーフガードの仕組みをもとに、いかに世銀のものと齟齬がないように活用していくかが重要。

(5) 案件実施段階での進捗管理やモニタリングは重要。

 

【質疑応答・ディスカッション】

Q1:案件準備から実施開始するまでにどれくらいかかる?

A1:緊急案件だと数か月、案件によっては何年とかかる。

 

Q2:準備段階での環境スクリーニング(environmental screening)の精密性は?

A2:確保できていると考える。準備段階で決めたカテゴリー分類が後々間違っていることがあるが、めったにないケースである。ただ、スクリーニング後はプロジェクトのリストラクチャリング時を除き、カテゴリの変更ができないために、それが問題となっている。

 

Q3:コンフリクトアセスメントが入っていないが、これは別の枠組みになるのか?不満によって紛争が起きた場合は、それは各国の責任?

A3: 国が本当の紛争状態にあるときはProjects in disputed areas(OP7.60)に基づいて、世銀側でどのように案件を作っていくかにつき検討しなければならない。適用しても問題が起きる場合はあり、その場合は世銀側も問題解決に動く。最終的にはinspection panelがあるので、それに基づき世銀が動くこともできるようになっている。

 

Q4:どこまでセーフガードが浸透しているのかについての実感を教えてもらいたい。タスクチームと環境社会基準アドバイザリーチーム間の緊張関係は?

A4: 緊張関係はあるが、緊張関係がないと質のある案件は作れないので、緊張関係を維持するのは重要。その中で、どれだけセーフガードが浸透してきたかというと、インフラ部門の人は理解が進んでいると考える。ただ、あまりセーフガードに関わらない部署ではまだまだな印象。また、クライアント(国)によっては、世銀が求めるように国の法整備を整えている国もあれば、適用に反対する(自国の法律があるのでそれにしたがってやるという主張)という国もある。今までは世銀のセーフガードポリシーを適用するために相手国の法律を変えてもらうこともあったが、今後は相手国のシステムを使っていこうという方向になっている。

 

Q5:途上国としては、環境保護よりも先に経済開発を進めていきたいと思うクライアントもいるかと思う。中国が主導しているアジアインフラ投資銀行(AIIB)は環境審査に甘いため、世銀の競争力がなくなることはないか?

A5:世銀のセーフガードポリシーは非常に厳しく、これが理由で他の機関から融資を借りるクライアントもいる。しかし、これはセーフガードのみでなく、調達や資金管理の観点からも出てくる問題。世銀はベストの基準を維持する必要があるので、個人的には致し方ないことと思う。民間でも同じことが起こっている。例えば、中国の銀行は融資の際に環境基準に甘いところが多い。

 

Q6: コスト評価の時間軸はどれくらい?(短期で評価しても効果が見えないことが多いので)

A6: 20年間がスタンダード。

 

Q7:世銀内で実際にどの部署がセーフガードポリシーを策定しているのか?

A7: 佐藤さんも所属するOperational Risk managementの部署が主導して策定している。世銀内の法律部門や案件実施側のタスクチームの専門家からも意見を求めている。そして、外部組織との公の協議や被援助国側からもインプットをもらう。

 

Q8:案件実施段階でのモニタリングなど課題は?

A8: 世銀の中でもモニタリングシステムがあるが、うまく機能していない。クライアント側でも世銀のセーフガードポリシーをよくわかっていない人が多く、また、十分な専門スタッフを配置しない(予算措置しない、若い人を雇う)など、被援助国内の体制の問題もある。

 

Q9:準備期間(緊急によっては数か月、長いのは数年)は他の開発機関と比べて、どれくらい早い?

A9: 他の機関と比べても世銀が一番厳しい基準を持っているので、長いというのは間接的によく聞く。

 

Q10: IFCとの連携はどうなっているのか?

A10: これは以前から課題として言われていることである。IFC、IBRD、MIGAなどが同じ案件に融資することもあるが、「3つの組織が別々に審査するのか」という不評がある。Performance Standard for Private Sector Activities (OP4.03)はまさにIFC基準を適用したものの、世銀側でこれに熟知していない人がおり、あまり使用したがらない。IFCと世銀それぞれが求める要件や基準も違って、共通化するのは難しい。

 

終了後は、佐藤さんを含め20人ほどで、懇親会が行われました。