第222回DC開発フォーラムBBL「エビデンスに基づく日本のODA評価:インドネシアの稲作振興プロジェクトの事例」議事録

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第222回DC開発フォーラムBBL 2012年2月23日
「エビデンスに基づく日本のODA評価:インドネシアの稲作振興プロジェクトの事例」
プレゼンテーター
高橋和志
(日本貿易振興機構アジア経済研究所イサカ海外派遣員/
コーネル大学応用経済経営学部客員研究員)
ODAインパクト評価について
・これまでのODA評価は、手法が標準化されておらず恣意性が入る余地があり、信頼性が低かった。しかし、より効果的な援助により予算を割くべきという批判から、効果的な援助を識別すべく、評価手法が注目を浴びる事となった
・ODAインパクト評価の目的は、開発プロジェクトが住民の生活に与えた因果的影響(内的整合性)を特定する事である。プロジェクトに参加した特定の個人(或いは組織)について、同一の個人がそのプロジェクトに参加しなかった場合にはどうなっていたかという反事実を想定し、その両者の指標変化を比較できる事が理想である
・しかし、従来のWith-Without比較や、Before-After比較では、外部要因によるバイアスをコントロールしきれず、プロジェクトの純粋な因果的影響を推計できなかった
・バイアスを除去する手法としては、ランダム化比較実験、マッチング、差の差、回帰不連続デザインなどがあるが、データの利用可能性、プロジェクトの性質によって、とりうる最適な手段は異なる
インドネシアの稲作振興事業
・1998年、東部インドネシア小規模灌漑管理事業の円借款プロジェクトの一環として、南スラウェシ州ジェネポイント県で開始。受益対象面積は7199ha、対象区域内世帯数は11264。2002年からSystem of Rice Intensification(SRI)が導入、促進される
・SRIとは、乳苗移植・苗一本植・疎植栽培・間断冠水などを特徴とする稲作技術で、1990年代にマダガスカルで開発された。高い増収効果が期待されるが、「緑の革命」のように、新品種、肥料多投などをともなわない、資源節約型の技術である(ただし、労働需要は増加する場合が多い)。このため、Pro-poor技術と言われている
・しかし、徹底的に管理された圃場実験による増収効果に対する科学的検証結果にはばらつきがある
SRI導入・促進のインパクト評価
・SRIが真に有望な農業技術であるのか、また農家所得向上に寄与したのか厳密なインパクト評価を行う
・データは2009年に収集し雨季データを使用。SRI採用以降のデータのみ利用可能。ランダムサンプリングで905世帯を抽出し、そのうち雨季に稲作を行っていなかった2%をサンプルから除外
・インパクトの推計方法は、まずSRI採用確率をプロビット推計し、SRI採用確率が似た者同士の結果指標を比較するマッチング推計を行う
・マッチング前の単純なwith-without比較では、SRI参加世帯は非参加世帯と比べて統計的に有意に、米の生産量が多く、農地1ha当たりの労働時間が長く、農業収入も多く、総収入も多かったが、農業外収入の差異については統計的な有意性は見いだせなかった。マッチング推計では、農業外収入がSRI参加世帯で統計的に有意に少なくなり、総収入の差異について統計的な有意性が消滅した
・単純なwith-without比較ではSRIの効果を過大評価している
・マッチング推計の結果を紐解くと、SRIは確かに増収、農業所得増につながっている。しかし、農地当たりの労働投入量が増加するため、非農業活動に割ける時間が減少し非農業収入も減少してしまい、結果総収入は変化しないことになる
・マッチング推計を活用しても、まだ観察できない要因によってSRIを採用するか否かが決定されている可能性があり、選抜問題に完全に対処できたわけではない。また、内的整合性が満たされたとしても、他の地域への適用可能性(外的整合性)が満たされているとは限らない
・上記のような限界があるものの、単純なwith-without分析よりはプロジェクトの純粋な効果についてより信頼度の高い結果を引き出せていると考えられる
・SRIは、確かに農業生産性を高める技術であり、潜在的に貧困削減に失する可能性はある。しかし、農業に従事しなければならない時間が増大する事で非農業所得が減少してしまう可能性が指摘される。ゆえに、非農業雇用機会が限られているへき地や、恵まれた非農業雇用機会の少ない低教育家計などに対して普及していくとよいかもしれない
質疑応答
Q. SRIの導入で米の品質は変化したか? また、変化したのであれば米の価格に何らかの影響を与えたか?
A. 稲や肥料の種類によって米の味は変わるが、このプロジェクトでは稲の品種・肥料ともに変えていないので、米の味に変化はない。また、米の価格についてであるが、米の収量が増え過ぎると、単位価格の下落によって収入が減ってしまう可能性があるので、注意が必要である
Q. 農業支援のプロジェクトでは、農業支援以外にも教育や保健といったソフトの支援もセットで入ることが多いが、このプロジェクトではどうか?
A. 現地で実際にプロジェクトを実施していたコンサルタントが比較的柔軟に関連する支援を行っていたと思う。
Q. 大規模農場や企業経営の農場など、資本集約的に大規模に機械で安い農産物を作るようになってきた21世紀において、SRIのような労働集約的な農業を広める意義はどこにあるのか?
A. プロジェクト対象地域は、勾配の大きい山間部に位置しており、一圃場辺り面積が小さく、機械の導入がしづらい。また、確かに若い世代はマレーシアなどに出稼ぎに出て行ってしまっている事があり、農業労働力が減少しているが、、農業に愛着を持ち農業を続けている人がいる以上、一定の意味があると思われる
Q. 評価対象になるプロジェクトは成功していると考えられる案件が多いが、評価が悪い案件があった場合、それはどのように扱えば良いのか?
A. この状況はアカデミアでも同じで、効果がなかったことを実証したものより、何か効果があったものを実証した論文の方がジャーナルに掲載されやすいということはある。実務の場合、効果がないことがわかったものはそれ以上スケールアップしないなど、エビデンスを蓄積していけばよいのではないか
Q. 今回、SRIでは総収入に変化がないという結果が出たが、これに対してJICAはどのような反応を示しているか?
A. 元々このプロジェクト自体が、国際的に評価が十分に確立していないSRIををどうして広めたのか?という問題意識があったと理解している。
Q. 今回のマッチング推計では総労働時間はコントロールされているか?
A. 厳密にはされていない
Q. 米の収量が増加して、自家消費に回せる量が増加し、栄養状態の改善等が起こったことも考えられるが、その辺りのインパクトはどうか?
A. 元々自家消費分も農業収入として算出している
Q. クロスセクションのデータで評価をするのは妥当か?過去の米の収量を聞いてパネルデータにすることができるのではないか?SRIに参加するか否かのプロビット推計の所で、参加者は仕送りを受け取っている等によって労働のShadow Priceが異なっているのではないか?
A. 現在2期目のデータを収集し、まもなくパネルデータでの分析が始まる所である