第247回BBL議事録:2015年5月19日「グローバルファンドは世界で何を変えたか、今後何をなすべきか」グローバルファンド 國井修氏

2015年5月19日(火)、國井修氏(世界エイズ・結核・マラリア対策基金戦略・効果・投資局長)をお迎えして、「グローバルファンドは世界で何を変えたか、今後何をなすべきか」をテーマに第247回BBLが開催されました。

【テーマ】 「グローバルファンドは世界で何を変えたか、今後何をなすべきか」

【プレゼンター略歴】 國井修氏(グローバルファンド 戦略・投資・効果局長)

医師、公衆衛生学修士、医学博士。1988年大学卒業後、内科医として病院や奥日光の山間僻地で診療する傍ら、NGOを立ち上げ、国際緊急援助に従事。国立国際医療センター(厚生技官)、東京大学大学院(国際地域保健学専任講師)、外務省(経済協力局調査計画課課長補佐)などを経て、2004年長崎大学熱帯医学研究所教授。2006年より国連児童基金(ユニセフ)のニューヨーク本部(上級保健戦略アドバイザー)、2007年よりミャンマー国事務所(保健・栄養事業部長)、2010年よりソマリア支援センター(保健・栄養・水衛生事業部長)を経て、2013年2月より現職。

【プレゼンテーション】

  • 90年代によく仕事でアフリカを訪れたが、子どもの死亡とともに、労働生産性の高い年齢、20-40代の成人の死亡が急速に増えてきた。背景にHIVの爆発的流行があった。当時ザンビアでは人口の30%以上が感染、マラウイでは70万人の孤児が発生、ボツワナではHIVの流行で平均寿命が約半分になるという事態に陥った。青壮年の死亡により働き手が不足、人口ピラミッドの構造を変えただけでなく、学校の先生が亡くなり教育へも影響した。
  • 国際の平和及び安全に関する安保理の主要な責任に留意
  • 上記の危機を受け、2000年1月には、世界の平和・安全に関わる問題を扱う国連安全保障理事会で初めて保健課題であるHIVが取り上げられ、世界の緊急事態として解決を急がなければならないとの呼びかけがなされた。なお、保健分野で理事会決定が出されたのが当決定と2010年(HIV)、今般のエボラの計3回。2000年の沖縄サミットでは、サミットで初めて保健問題が主要議題として取り上げられ、HIVを含む世界の感染症対策にはパートナーシップと追加資金が必要であるとの合意がなされた。2000年に設定されたMDG(ミレニアム開発目標)でも、8つの目標のうち保健分野は子どもの死亡削減、妊産婦の死亡削減、感染症の蔓延の防止と3目標を占めている。こうした世界の緊急対応が求められる中、短期間で準備がなされ、2005年1月にグローバルファンドが設立された。
  • 現在のHIV治療(ART)では根治することはできないが、体内のウイルスをゼロに近くして健康な人並みに寿命を延長させることができ、HIV陰性者への感染にもつながる。10年以上前、ARTは患者1人あたり年間200万円以上と高額であったため、当時日本ではバイ(二国間)の援助では予防接種等の費用効果の高い支援を行い、ARTによる支援はグローバルファンド等マルチに任せるべきだとの意見も強かった。
  • また、エイズ流行が広がってきた頃、GII(人口・エイズに関する地球規模問題イニシアティブ)として日米連携も深まったが、その一環として日本の政府とNGOとの連携も深まった。以前は日本のODAにおけるNGOに対するまたそれを通じた支援はゼロだったが、その後200億円規模になった。米国には高い専門性を持ったNGOやコンサルタントが存在するが、USAIDを含め米国政府が戦略的にその人材育成や能力強化に貢献してきたことも忘れてはならない。
  • グローバルファンドの革新性は、国際レベル、国レベルで、先進国と途上国の政府、国連、企業、患者、NGOなど多様な組織とパートナーシップを組んで取り組むことである。グローバルファンド自体はプロジェクトの実施は行わず、国レベルでは国別調整メカニズムCCM(Country Coordination Mechanism)を設置して支援計画を立て、現地のパートナーが協力し合ってプログラムを実施する。特に援助団体の間で連携協力が進んでいない国では、グローバルファンドのCCMが保健セクターの調整機能を果たすこともある。国際レベルでは、グローバルファンドの理事会としてドナー国も実施国も市民社会も民間セクターも投票権を平等にもっており、組織の平等性・透明性などにつながっている。
  • 過去10-15年間でHIVの新規感染者や死亡者は4割減少し、マラリアは半減した。結核も90年比でほぼ半減。これらの成果はもちろんグローバルファンドのみならず、様々な組織・団体が連携・協力し合い、世界の資源を動員・活用した結果による。またより効果が高く、副作用が少なく、単価の安い治療薬や迅速で簡便な診断法が開発・普及した。マラリアに対する日本の企業が開発した薬剤を浸み込ませた蚊帳の効果は著しく、多くの地域でマラリアによる子どもの死亡や感染が激減している。
  • マラリアは多くの国で、一時撲滅(elimination)寸前までいきながら、事業の中止などにより再発・再興(resurgence)するという苦い経験がある。この教訓に基づいて、今後はマラリア制圧に向けて、効果の高い介入の実施と撲滅寸前でも手を緩めない戦略の実施が必要である。
  • 今後、世界三大感染症の制圧を目指して、以下の5点が重要。
    1. 戦略的な投資(Strategic Investment):感染症の発生は世界約20か国に集中し、また約7割は中所得国である。1つの国の中でも感染はある町や地域、ある人口集団(性産業従事者、薬物常習者など)に集中する傾向にもある。これらの傾向をきちんと分析した上で、感染が集中している国・地域・人口に対して、効果的な介入・サービスを提供することが大切である。
    2. 効率の向上(Value for Money):限られた資金で効果を最大化するため、いかに効率を上げるか、単価を下げるかなどの工夫が大切。大量に医薬品を調達・購入することで単価をさげる、計画段階での資源配分効率を上げるなどの努力が必要である。
    3. 相乗効果(Synergy):感染症対策を独自に推進するのでなく、母子保健サービスや糖尿病等の非伝染病(non communicable disease)と連携・統合したり、保健システムの強化を推進したりすることにより保健サービス全体としての相乗効果をあげていることが必要である。
    4. 革新的な資金調達(Financing):2030年までにHIV流行を制圧するには、今後資金を倍増(最大で年間360億ドル)する必要があるとUNAIDSでは試算している。これは埼玉県の年間予算と同規模であり、低中所得国をすべてカバーすると考えると莫大な金額とは言えない。ただし、実際には先進国ドナーからの援助資金の増大は容易でないと思われるため、他の方策が必要。実施国の感染症対策および保健セクターへの政府予算を増額すること、そのための税制を含む財政制度を強化すること、新たな資金調達先として新興国の力を利用すること、他の革新的な資金調達方法を検討すること、などがある。グローバルファンドでも実施国の自助努力を高め、革新的な資金調達を創造するためのメカニズムを作っている。また、HIVの感染率が高いにも関わらず、政府の意向により予防や治療が行き渡らない人口集団(囚人、ゲイコミュニティ等)に対する支援の促進が重要である。
    5. 革新性(Innovation):マーケットダイナミクスの分析や介入、eHealth/mHealth の拡大、官民産学パートナーシップの強化など。

 

  • 日本は現在、UHC(ユニバーサルヘルスカバレッジ)を推進しているが、総論だけでなく各論での支援戦略・アプローチが必要。One size fits allの戦略・アプローチはないので、国の状況に応じたきめ細かな支援が必要とされる。戦略的なパートナーシップを推進することも重要である。
  • 現在、新たな5ヵ年戦略を策定中で、世界の三大感染症制圧にむけて、どのような戦略が必要か、どのくらいの資金が必要なのか、細かい分析と検討をしている。脆弱国家、低所得国から中所得国まで、国の状況は全く異なっており、開発段階の連続性(Development continuum)の中で、資金供与や管理の方法に差異をつける必要もあると考えている。通常、中所得国となり、1人あたりGNIがある基準に達すると支援をゼロにしてしまう援助機関が多いが、中所得国に貧困者の7割、三大疾患の感染者の6、7割が存在することを考えると、特別な配慮・戦略が必要である。様々なパートナーと議論をしながら、戦略作りをしているところである。

 

【質問、コメント】

  • IFCのヘルスケアチームではインドの薬価支援等、ホールセールやサプライチェーンのイシューは重点的に取り組んでいる。
  • 対外的な資金調達が今後減少する背景は。

→ SDG(持続可能な開発目標)の議論の中で、今後、どれほど保健医療分野への対外援助が拡大するのかわからないが、先進国の経済状況を見る限り、今後も継続的に増加するとは考えにくい。一方で、経済成長が著しい新興国・中進国が現れ、それらの資金をいかに感染症対策、保健分野に向けるか、低所得国も自己負担を増やし、将来の自立に向けたロードマップを書いていくことが重要と考える。さらに、Value for Money、効率を上げる方向にも転換していかなければならない。

 

  • グローバルヘルスのアーキテクチャーにおけるグローバルファンドの立ち位置とは。グローバルファンドと世銀はこれまでグローバルレベル、国レベルで連携しているが、グローバルファンドが世銀に注文したいことは何か。

→保健分野には多くのパートナーシップが存在するが、中でもグローバルファンドとGAVI(Global Alliance for Vaccines and Immunization)は官民連携を具現し、イノベーションを推進してきたといわれている。グローバルファンドは今後も時代の潮流を見ながら触媒としての機能も果たす必要があると思っている。世銀に期待することは、各国で政府の力がまったく異なるので、各国の状況・特徴に応じてどのような援助・パートナーシップを推進するのがよいのか、われわれも協力するので主導していってほしい。

 

  • ワクチン債のように、債券の発行により支払を繰り延べる仕組みは有効。世銀でもパンデミックに備えた債券が議論になる等、ニーズも多くあり、投資家はテーマを欲しがっている。世銀の財務部門としてできることはあるか。

→この分野におけるグローバルファンド内の専門性は今のところ限られているが、世銀等と共同で、面白い取組みがあれば実施できる柔軟さはある。成果型資金供与(Result based financing)、マラリア制圧に向けた健康国債(Health bond)なども検討中で、前者ではいくつかの国で実施が始まった。世銀が実施しているHealth Results Innovation Trust Fund (HRITF)とは既に連携をとっている。緊急事態に対する資金供与もはじめているが、CERF(国連中央緊急対応基金)のような緊急時に即座に引き出せる準備金との協力・連携も重要。

昨年よりエボラが話題になっているが、同様に世界にとって脅威となる感染症はいくつもある。アウトブレイクがはじまってから、エボラだ、インフルエンザだと騒ぐのではなく、各国で早期警戒システムを作り、保健システムのひとつとして強化することが必要。毎年起こり得るすべてのリスクを想定し、その頻度とインパクトの測定、対応能力の強化を行いながら、総合的なリスクマネジメントの体制を作ることが重要。感染症の発生は、洪水など他の原因・誘因があることが多いので、包括的に地域全体で対策を検討することが必要。最近は緊急事態における国・地域のレジリエンス(回復力)をどう高めるかという議論がなされている。国からのトップダウンだけではなく、地域や人々のエンパワメント、対応能力の強化などを考える必要もある。

 

  • 世銀が立上げを進めている妊産婦と乳幼児支援のためのGlobal Financing Facilityでは国内資金の動員を想定しているが、まだ具体的な仕組みはできていない。また、エボラ対策の初動が遅かったとの反省から、世銀ではエボラ以外のパンデミック一般に備えたファシリティを検討中。

以上