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スリランカの金融制度改革とTA スリランカにはFSAP(金融セクター審査プログラム、2003年1月に終了)をフォローアップするTAミッションを率いて昨年2月以来4回目の訪問(5月27日―6月9日)でしたが、今回は4月の政権交代の結果、今までやってきたことが、新政府の下でも承継されるかが心配でした。結果は、金融制度改革は新政権にとっても重要な課題で、財務省、中央銀行、SECなどのスタッフと協議しつつ行なってきた事を変更する必要はないと、財務次官も中央銀行総裁も言ってくださり、仕事は全て継続されることになりました。 FSAPで金融セクターの問題を包括的に「健康診断」したので、その後の「治療」あるいは「健康増進」を担当するTAの科目も広範囲にわたるものとなりました。FSAPをフォローアップし、IMFがどこまで金融セクター改革のお手伝いができるかの試金石とも言えるTAでしたが、スリランカ財務省、中央銀行、SEC関係者の熱心さと当初の予想を大きく超えた職員の優秀さに支えられて、一年半の間でしたがいろいろな進展があり、私も多くのことを学ばせていただく事ができました。 本稿では、スリランカのTAを通じて発見した、金融セクター改革のいくつかの側面をご紹介させて頂きたいと思います。 1 金融関連法制度の改革 前政権の財務大臣が有名な法律家だったということもあり、主要な金融関連法制度の見直しが一つの改革の目玉としてとりあげられました。 とくに銀行法、中央銀行法の全面改正作業をお手伝いし、IMF法務局を最近引退した指折りの専門家に7回に渡る訪問を行なっていただき、彼が執筆者となって、今回、法案作成を担当する中央銀行(財務省や金融庁ではなく、中央銀行の法務部が起草を行なっています)との間で、詳細な法案の合意に至りました。私もミッションのたびに白熱した議論に参加しましたが、日本で問題になりそうな論点は殆んど全てスリランカでも議論され、その上でどのようにして業界や法務省などの他省庁や議会を納得させるか等も話し合われました。 90年代初期の旧ソ連のようにまったくゼロからこれらの法案を作成しなければならなかった時には、モデル条文を示して、余り議論することもなく、一気に議会を通してしまうことが行なわれていましたが、民主主義も法の支配もかなり立派に定着しているスリランカのような国ではそのような押しつけアプローチは通用せず、主要項目毎に議論を重ね、こちらも条文とあわせて、政策ペーパー、要綱、さらに解釈や各国の例を示すコンメンタールを準備して対応しました。破綻銀行の処理における当局の権限、手続きなどには、日本の預金保険法などでも取り入れられた、いくつかの新しい手法も取り入れられています。 中央銀行法、銀行法の見直しは、他の法律の見直しにも波及し、今回新ファイナンスカンパニー法や決済法が併せて準備されるとともに、金融庁設立法、マネーロンダリング対策法の制定、保険法、証券法の見直しなどが次の作業として浮上し、また債権回収や企業の破産処理に関する法律の見直しの必要性が強く認識され、業界の支援も得て、法務省と協議に入っていくことになりました。 2 銀行監督 銀行監督の強化のためのTAは、IMFが最も力を入れてきた分野で、成功例も多数確立しつつあります。バーゼルコアプリンシプルに準拠しつつ、リスクへの対応を基礎にした監督手法(Risk-based supervision)を、規制(regulation)、銀行のモニタリング(off-site)、検査(on-site)の各面にわたって取り入れていくよう進言し、組織の見直し、スタッフのトレーニングなども手伝います。スリランカの場合には世銀が長期専門家を派遣してくれて(たまたま中央銀行強化ローンというプログラムローンがあり、それを使ってスリランカ側がコンサルタントを雇うしくみです)検査の実地指導、職員のトレーニングなどに携わり、IMFもミッションでの助言、短期専門家派遣により、基本コンセプトの確立、手続きの整備などのお手伝いをしてきました。幹部、スタッフもよくついてきてくれ、新銀行法に合わせて格段に銀行監督の体制・能力を強化できる目処が立ってきました。 最大のチャレンジはこのような新体制、能力を駆使して、問題銀行に対しては迅速かつ果敢に対応でき、必要に応じて免許取り消し、清算等の措置もとれるようにしていくことです。政治家の介入や預金者の反発なども考えられるので、どのようにして、監督当局が自己を防御しつつ、法律に与えられた権限を勇気をもって行使できるようにするため、中央銀行の役割に関する基本的な政策変更、内部手続きの見直し、対外説明なども行ないつつ、他方で、銀行が破綻した場合の預金者のダメージ・反発を緩和する観点から、ささやかな保証額の預金保険制度の導入などが検討されていきます。 3 国営銀行への対応 スリランカには2つの国営銀行があり、全国に広く預金を集める支店網を持ち、銀行セクターの屋台骨となってきました。しかし、他の国でもよくあるように一部の有力な大企業や国営企業への貸し込み、その経営破たんによる不良債権化などの問題に直面し、とくに首都コロンボにおいては、民間銀行の進出が著しく、将来の見通しも明るくありません。とくにそのうちの一つは大きな不良債権を抱え、それを時価評価、償却すれば大幅な債務超過になることが帳簿上で誰からも明らかな、民間で言えば破綻銀行ですが、政府が預金を保証しているので、引き出しなども起きず、預金も順調に伸び続けています。 この銀行をどうするかは、数年来検討されてきましたが、前政権が世銀のサポートの下で民営化を進めようとしたのに対して、より庶民、労働者寄りの立場をとる現政権は、なんとかこの銀行をもっと民衆に役立つ銀行に再建出来ないかを検討しています。今回は、今後のお手伝いができるよう、この問題も調査してみましたが、この国の地域金融やマイクロファイナンスのあり方にも関わる問題で、いくつかの面白いことが分かりました。この点については、後で少し言及したいと思います。 4 ノンバンク分野―保険、 FSAPを契機に、IMFは保険、証券といったノンバンク分野でもTAを行なうようになり、通貨金融システム局(MFD)への組織再編の際には、金融監督課(旧銀行監督課)、金融インフラ課(会計、証券市場、決済システムなどを担当)などを新たに発足させました。 スリランカでは、証券取引委員会(SEC)が保険監督委員会を兼任することで3年前に保険監督が始まりましたが、同じ課で両方を兼務し、スタッフには証券会社の監督と保険会社の監督の区別がついておらず、保険監督が事実上全く行なわれていない状態でした。最近の保険会社の成長は著しく、このような事態を業界の方がむしろ心配し、政府にも働きかけて、IMFに支援の要請が寄せられました。 IAIS(国際保険監督者連合)の元事務局長(現在の河合さんの前任者)に前回のミッションに参加していただき、診断を行なっていただいた結果、保険監督部を新たに創設し、専門家を2年程度派遣してゼロからスタートさせるしか手がないということになり、カナダ人の専門家を選任し、8月から赴任に先立って今回のミッションに参加してもらいました。今回、10名のスタッフからなる保険監督部が発足することになり、何とか軌道に乗りそうです。 5 資本市場整備、証券監督 スリランカのSECはコロンボ証券取引所を監督することを主たる役割とする委員会で、アメリカSECモデルを参考に作られましたが、株式(equity)、債券(debt)の両者をカバーし、上場、非上場双方の企業の証券発行に際してのディスクロージャーに関わるといった資本市場の中心機関としての役割を十分に果たせていません。 FSAPを受けて、ミッションでこの問題を提起し、資本市場整備のためのマスタープラン作りとともに、SECの監督機能を強化しつつ、自主規制機関である証券取引所との役割分担を明確化し、中央銀行とも連携を深めていく方向での改革のお手伝いをすることになりました。 実は、SECの人には、何人も日本の金融庁がADBI、OECDと協力して例年主催する「アジアの証券監督当局者のための東京セミナー」に参加したことのある方が何人もいて、私もかつて本セミナーに関わったことがあるというと大変喜んでくれ、また起用した専門家もかつて東京セミナーでの冒頭講演を行なって頂いた英国人の方だったので、話が極めてスムーズに進みました。 来任4月にはIOSCOの総会がコロンボで開かれることになり、今回のミッションにはIOSCOの(前)事務局長を経て現在MFDのスタッフになっている方にも参加してもらい、資本市場関係の仕事を専門家と共にリードしてもらうことになりました。日本の金融庁、証券取引所、証券業界には、来年コロンボを訪れる方もいらっしゃるのではないかと思いますが、IMFがお手伝いしている資本市場改革の成果がどうなっているか、見て来ていただければ幸いです。
6 ノンバンク金融庁 FSAPの過程では、SECと保険委員会を強化して、将来はマネーロンダリングの対策や年金基金の監督等も所掌するノンバンク金融庁(銀行監督は引き続き中央銀行が担当)設立しようという構想が持ち上がり、政府、市場関係者からも支持されるようになりました。 前回のミッションでは、SECを中心に、財務省、中央銀行関係者も参加してワーキンググループ会合を数回開き、その合意文書・報告書作成をお手伝いしました。この報告書は英国のFSA、日本の金融庁設立などを参考に、設立の意義、メリットを論じ、組織編成やガバナンスのあり方を検討し、守備範囲を定め、今後決定していけなければならないことをリストアップし、法律制定の際の記載事項などを示した金融審議会の答申に似たような文章ですが、今回、新政権でもサポートを受け、準備が進んでいくものと期待されます。 7 マネーロンダリング・テロ資金対策 スリランカではまだマネロン法が制定されておらず、2000年ごろにFATFから非協力国(NCCT)に制定されないでよくすんだものだと、当時、国際的な注目を浴びなかった幸運に胸をなでおろしていますが、安心ばかりはしておれず、真剣に法律制定の準備を進めています。最近FATFの議論がますます複雑化し、各国もどのように法制化していったらいいか悩んでいますが、ミッションではいくつかの簡単で出来のいい法律の例を紹介し、日本のマネーロンダリング対策法の基本構造などについても説明しました。 FATFで議論されてきた、疑わしき取引報告を行なわないものを処罰すべきか、本人確認などの手順をどこまで法律に書き込むか、脱税を対象犯罪に加えるか、大口取引の報告制度は本当に必要か、銀行・証券・保険以外の監督業界以外の業種(貸金・送金業者、法律・会計事務所、カジノなど)のコンプライアンスをどのように確保するかなどといった問題を内部でも真剣に議論し、悩んでいたようで、今回の背景説明、解説や他の例の紹介を喜んでくれました。アジアで唯一の設立当初からのFATF参加者である日本の経験も役立つ分野だなと思いました。 8 マイクロファイナンス 金融セクターに関わる問題でも、マイクロファイナンスの問題は最近注目を集めています。これは、世銀が貧困削減をより主目標として推進するようになってきたことにも関連しているようで、プロジェクトへの予算を握るカントリディレクターにも、金融セクターといったら耳を傾けてもらえず、マイクロファイナンスというと何とか採用してもらいやすくなるといった事情もあるようです。 この根底には、農村部は金融が全く発達しておらず、基本的なコンセプトに馴染みすらなく、NGOも含めたマイクロファイナンス機関などが資金を供給する必要があり、世銀などが資金を融資するプロジェクトにもなりうるといった一般的な見方があるようです。 ADBの方は、スリランカには民間セクター育成とともに地域振興支援の観点からアプローチしてきており、銀行以外のインフォーマルな金融機関をよりフォーマルな金融セクターに取り組む観点から、地域金融庁(農水省で農協を監督する金融課のようなイメージです)の設立をサポートし、マイクロファイナンス機関を監督下に置くと共に、優良マイクロファイナンス機関にTA、トレーニングなどのサポートを提供しようとしています。 他方、マイクロファイナンスが何を意味するかは、必ずしもはっきりせず、個人や中小企業向け融資と広く捉えると、銀行の提供する融資も、信用組合や農協の融資も、貸し金業も、政府系金融機関も、地方公共団体の低利融資スキームもマイクロファイナンスになります。 また、バングラデシュモデルであるグラミンバンクというのは、ある人への融資を他の村人が保証する連帯保証のスキームのことだそうで(誤っていたらご訂正下さい)、そう考えれば最も初歩的な金融技術の一つです。 4回のスリランカ訪問を経て、タクシー運転手とも仲良くなり、度々田舎にも連れて行ってもらい、彼の村の話なども聞きましたが、2000年以上の文化と米作・灌漑などの伝統のあるスリランカの田舎は予想以上に開けていて、バスが頻繁に走り、近くの町には、国営銀行の支店や信用組合、金貸し業も沢山あり、政府もいくつもの低利融資スキームを提供し、また各村にはお金がなくなると月5−10%の金利で資金を融通してくれる有力者がいて、犯罪組織の暗躍や借金の肩に娘を身売りするようなケースは余りみられないようです。 今回、国営銀行改革の最大の問題は、今も預金は全国の支店を通じどんどんと集まってきているにも関わらず、約一万人の高齢化しつつある従業員(一人月1万5000円程度の給料だそうです)がいて、その人件費などをカバーして収益をあげれるようないい貸出先がないといことのようで、資金不足問題ではないようです。 このため、スリランカのマイクロファイナンス問題は、国営銀行が全国のネットワークを生かして、個人や中小企業に対して、預金コストや貸し倒れのロスをカバーできるような融資業務を行なえるビジネスモデルを再構築するか、銀行自体にそれができないなら、別の中小金融専門の組織を作って資金を移転する日本の郵便貯金と国民金融公庫のようなモデルを考えるといったことが基本になるのではないかなと思いました。 もし、世銀、ADBやJBICがツーステップローンを行なうなら、NGOにお金を流したり、非効率な低利融資のスキームを創設するよりは、銀行を通じて集まる預金に、外からの資金を混ぜる事により資金コストを低下させつつ、TAなどによって、借り手にも魅力的で取り扱いやすい融資プロダクトを整備し、審査や資金回収の技術などを向上させることのほうが正道ではないかと思いました。また、融資をとりまく環境として、裁判の進捗が遅く、こじれると回収にくいので、どうしても融資に慎重にならざるを得ないなどの問題があり、民商法の執行される法的環境整備も重要だと思われます。 9 終わりに 今回の訪問を通じて感じたのは、20年近いテロ、内戦で国際的信用等が地に落ち成長が止まったスリランカにも、紛争の相手方の弱体化、分裂などと相まって遅い春が訪れつつあり、まだまだ油断はできないものの、政府も民間セクターも円滑に機能する直前の段階にまで来つつあるのではないかということです。上記のように日本人にとっても疎遠ではない問題も多々あり、JBICの融資や、JICAの専門家などが活躍できる素地も高いのではないかと思いますが、いかがでしょうか。 本稿はIMFのTA・政策助言活動の具体的なイメージを紹介させていただく観点から、Devforumの皆様にも参考配布させて頂きます。 ご関心のある方は、是非金融資本市場整備ネットワークにもご参加下さい。 (開発フォーラムのウェッブサイトから資本市場整備ネットワークのウェッブサイトに入り、参加申し込みを行なう事が出来ます) IMF通貨金融システム局審議役・アジア太平洋地域TAチーフ 玉川 雅之 |
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