INTERVIEW

環境や開発の分野でご活躍されている方々からお話をお伺いし、その分野でのご経験や専門知識を共有する事を目指します。毎回様々な分野の方々から多様な形式でお話をお伺いする予定です。

第3回目: 松本真輔様 (英国サルフォード大学 環境保全学科 修士課程)
第2回目: 鈴木唯之様 (独立行政法人・国際協力機構) 
第1回目: 石井幸造様 (財団法人・国際開発センター)
 

 インタビューに関するご意見・ご感想は devforum.environment@gmail.com までよろしくお願い致します。


第3回目: 松本真輔様 (英国サルフォード大学 環境保全学科 修士課程)

インタビュー第三回目には 日本で民間企業、コスタリカで青年海外協力隊の経験をされ、現在イギリス大学院にて環境保全を研究されている松本真輔様のお話をお伺いしました。

 

1. 今までの経歴について簡単にお聞かせ下さい

 

滋賀大学教育学部環境情報学科卒業。
卒論テーマは「ヨーロッパにおける環境税の実状と日本における今後の展望」。

その後、半導体部品関連企業の総務部環境安全課にてISO14000sに基づき社内環境管理に取り組む。主に生産工場の現場で、廃棄物のゼロエミション化、環境法への対応、廃水処理の効率化など。

2003年より青年海外協力隊として、コスタリカ・オスティオナル総合開発協会にて勤務。環境教育教師としてオスティオナル自然保護区周辺の小学校を巡回指導すると共に、自然保護区の保護・管理に取り組む。

現在、英国サルフォード大学環境保全学科修士課程に在籍。
 


2. そもそも環境や開発の分野に携わろうと思った理由は何ですか?

 

環境に興味を持った一番の要因は1995年に起こった阪神・淡路大震災だと思います。当時、高校生で神戸にて被災し、自然の力を思い知らされたことが一番大きかったです。また大学受験の為の勉強が嫌いで、大学では好きなことを勉強したいと思った時に興味を持ったのが「環境」というキーワードでした。

また大学時代から様々な国に旅行し、モロッコやウズベキスタンにて、国の発展及び環境保護の大事さについて気づかされました。モロッコにて子供がたくさん働いているのに驚くと共に、ゴミを簡単に窓からポイ捨てする場面に出くわしたことが、今まで旅行した中でカルチャーショックを受けたうちの一つでした。

開発について真剣に考え出したのは、やはり協力隊でコスタリカに赴任してからです。自然と開発のバランスをいかに保ち、その上で地域・国をいかに発展させていくか、コスタリカという良いフィールドで学び働けたことが大きかったです。


3. 民間企業(京セラ)での経験(仕事内容、やりがい、苦労した点など)について教えて下さい


主に廃棄物のゼロエミッション化に取り組んでいました。生産工場では多くの種類の廃棄物が排出されます。私たちが日常使用するプラスチックやダンボールなどから、様々な化学薬品や酸・アルカリ溶液、特別管理産業廃棄物といわれる物まで様々です。民間企業というものはもちろん経営収支を考えずには成り立ちません。私が入社した2001年はITバブルがはじけた年で、間接部門である環境部門で仕事をする上でいかに企業のお金を使わずに環境管理に取り組むかという課題を与えられました。例えば、廃棄物としてお金を払ってリサイクル処理するのではなく、有価物という原料という形でいかに売却してリサイクルできるかというように。同時に信頼できるリサイクル業者と契約を結ぶことは必須でした。御存知だと思いますが、もしも委託先で適正な処理が行われなければ、排出源である会社にも同時に責任が及んで来ますので。

また生産現場の社員にとっては期日までに生産目標を達成することが第一で、環境は二の次です。そういった社員との衝突無しで仕事は成り立たなかったですね。当時勤務していた工場では多くの化学物質を使用していましたので、それを安全な形で使用するのは企業の役目であり、もしも問題が起こると工場の生産をストップしないといけない状態になるので大きな責任を背負っていたと思います。また入社して即、生産工場での環境管理の勤務となった為、現場というフィールドで勉強できたことは様々な面で良かったと思います。環境と関わって仕事をする場合に机上の理論だけでは解決できないということに直面しながら働けたような気がします。


4. 協力隊での経験(仕事内容、やりがい、苦労した点など)について教えて下さい

 

コスタリカのオスティオナル自然保護区にあるオスティオナル総合開発協会(Asociación de Desarrollo Integral de Ostional)に勤務し、環境教育教師として周辺の小学校を巡回指導するのが主な仕事でした。

このオスティオナルという地域では「アリバダ」と呼ばれるヒメウミガメの大産卵現象が起こります。一週間で100万匹のヒメウミガメが産卵に訪れるといわれる世界でも珍しい自然現象が起こる地域である為、環境保護を避けて通ることはできません。またエコツーリズムはコスタリカの外貨を稼ぐ一重要産業である為、外国人観光客が満足できる施設を整える為の開発という課題も与えられ、そのバランスが非常に難しいと言われます。私が住んでいたオスティオナル自然保護区内にあるオスティオナル村は人口500人しかいない小さな村で、生活も質素そのものです。ウミガメという観光資源はありますが、観光の為の施設はまだ整っておらず、どのように発展していくか、もしくは今の状態をどう維持していくかと正に検討中の段階でした。

幸運なことに、村民のウミガメの保護に対する意識は高く、私が敢えてウミガメの保護について指導する必要性はありませんでした。しかしながら途上国においてはどの地域でも言えることですが、間接的な環境に対する影響、例えばゴミに対する意識の低さには驚かされ、その点について重点的に時間を割いて小学校で授業を行いました。またコスタリカで働く他の青年海外協力隊と一緒に環境絵画コンクールなども実施し、田舎の小学生たちにとっては非常に良い機会を与えることが出来たと思います。

苦労した点についてはやはり言葉の問題もありますが、一番苦労した点は、小さな村の一協会ということもあり環境教育に対する十分なバックアップを受けることができなかった点です。私以外に環境教育に対する知識を持った人間がいなかった為、毎日が試行錯誤の連続でした。当時は上手く行かない活動にストレス無しには働けなかったですが、今となっては苦労した分だけ自分にとっては良い糧として返ってきているように思います。ただ小学校へ行って子供たちに授業をすることは非常に楽しく、私が逆に元気をもらっていたような気がします。

コスタリカでの協力隊の経験を通じて、様々な観点からものを見て考えることができるようになったと思います。貧しい地域が観光資源を通じて裕福になったとしても、昔からあるゆとりのある生活は失われ、人間の心は逆に貧しくなってしまう可能性が大いにあることも学び、開発というキーワードの難しさも改めて考えさせられたものです。


5. 現在の大学院での研究内容や、その研究内容を選んだ理由などについて教えて下さい


修士課程のコースがスタートしたばかりでまだ研究には取り組めていない状態ですが、途上国における地球温暖化政策について研究する予定です。先進国との温室効果ガス排出権取引を上手く利用すると共に、国内の環境政策に取り組むプロジェクト支援の可能性を探っていこうと考えています。またイギリスでは環境税を含めて温室効果ガス削減対策が上手く軌道に乗っているので(既に京都議定書の目標を達成)、その点についても学べればと思っています。その内容を研究しようと考えたのは、全世界的にまだ地球温暖化対策の需要が大きいこと、また大学時代の研究内容を更に突き詰めたいという点でしょうか。それと共に、コスタリカという自然豊かな所で生活し、地球温暖化による生態系への影響を現に目にしたことも一つの理由です。



6.  ご自身がこれから目指す方向性などについて教えて下さい

今までのわずかな経験ですが、それを今後も生かしていけるような方面に進みたいと思っています。出来れば実際に人と人が接する仕事が良いですね。時には真剣に、時には笑顔でコミュニケーションする大事さを忘れずに、一つでも多くの笑顔に出会える仕事が私の理想です。

今まで日本でも他国でも様々な人にお世話になってきているので、その人たちに恩返しできるように自分の能力を上げていくことが、まず私がすることだと考えています。


7.  環境や開発の分野での仕事を志す方へのメッセージがあれば教えて下さい

環境や開発といったキーワードが持つ範囲は非常に広いものです。その中で自分が得意とする分野を身に着けることは非常に重要です。しかし得意とする分野の一方向から全てを考えてしまうことは危険であり、いろいろな観点から最適な方法を見つけていくことが大事だと思います。

まずは環境や開発に対して興味を持つこと、その時点でスタートをきれています。後は、自分が何をできるか、自分の可能性は何かを考えて、小さな事でもできることから実際に行動へと移していくことが大事だと思います。

   最後までお読みいただきありがとうございました。


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第2回目: 鈴木唯之様 (独立行政法人・国際協力機構)

インタビュー第二回目にはJICA(独立行政法人・国際協力機構)の地球環境部環境管理グループでご活躍される鈴木唯之様のお話をお伺いしました。

1. 現在の仕事内容

 

 国際協力機構(JICA)の地球環境部環境管理グループで、鉱害関連のプロジェクトの管理・運営をしています。内容は多肢にわたりますが、日本人専門家の人選・派遣、途上国側プロジェクト関係者の本邦研修受入れ、新規案件の調査・選定や終了する案件の評価などです。対象国も様々ですが、現在担当している国は南米と東欧諸国が多いです。



2. そうした機関を選んだ理由と、現在の仕事に就くまでの経緯

 

米国大学院(ペンシルバニア大学)では、「国際開発と適正技術」をテーマに開発経済、プロジェクトの財務・経済・社会分析、国際的環境問題 (オゾン層破壊、地球温暖化)を中心に勉強しました。現場の経験がなかった私は、在学中の夏・冬休みを利用して途上国を訪問し、自分の目で現場社会を見るように 心がけました。また、バンコクにある国連UNESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)において、数ヶ月間インターン(リサーチ・アシスタント)をする機会にも 恵まれ、国連の仕事を経験しながら北部や南部の貧困地域を廻りました。これらの経験を通じて、「途上国支援活動」に携わりたいという希望が、私の心の中でふつふつ と湧き上がってきているのを感じていました。 


大学院終了後は、迷うことなく途上国支援活動をしている開発援助機関への就職を希望していました。国際機関や国際NGO、日本のNGO、開発コンサルタント、 JBIC等々へアクセスして事業の内容や環境分野の取組みについて調べました。その中で、当時の私を虜にさせたのがJICAだったのです。br>
元々技術系のバックグラウンドでしたので、現場に根ざした汗臭くて泥まみれの活動(技術協力)に係りたかったこと、国際的な環境問題への対応は 公的機関が旗を振って推進しなければならないと考えていたこと、更には、当時日本のODAに対する批判が多かった中で、ODA技術協力の実施機関であるJICA へ自らが入り、世界をリードする援助機関にJICAをしていきたいと考えたことが、JICAを選んだ要因でした。また、若干無謀なアプローチだったにもかかわらず、 見知らぬ学生を親切に受入れていただき、適切なアドバイスを与えてくれたJICAアメリカ事務所の方々(当時)には、今も感謝しています。当時お会いした方々の 人柄が最後の決め手となったのではないでしょうか。br>
JICA在籍中、2002年から2004年まで約2年半の間、国連開発計画(UNDP)へ出向し、本部NYで勤務していました。国連機関の仕事にやり方・ 考え方、就職・昇進における厳しい競争社会の中で如何に生き抜くか、ドナーコミュニティーを如何に主導し、如何に協調していくか等など、学ぶことが沢山ありました。 また、日本のODAを外部から見るよい機会にもなりました。br>

3. 現在の仕事をするのに必要・役立つスキルなどは?


プロジェクトを運営・管理するには沢山の人々の協力が必要です。日本国内では関連省庁や団体、日本人専門家や協力隊員、 相手国政府の関係者や現場のNGO、住民等々みんなが協力し合わないとプロジェクトは成功しません。専門性や語学力はもちろんですが、これら関係者と うまく意思の疎通を図り、異なる意見を取り纏めて協調していく「人間力」が一番必要とされるスキルではないでしょうか。


4. 仕事のやりがいを感じる時など

 

実施プロジェクトの相手国関係者や住民が外国援助に依存することなく、自分たちの問題として意識し、プロジェクト終了後も自立に向けて努力している姿を見たときですね。彼らの意識の変化と成長の変化に、言葉では表し難いやり甲斐を感じます。少しづつではあるのですが、私たちの支援が相手国の人造り・国造りに役立っていることが実感できたとき、最大のやり甲斐を感じますね。
 


5. 仕事の難しさ、苦労する点など


前述したとおり、関係者が多く、また大きな組織で働いていますので自分の思い通りになることばかりではありません。仕事の「難しさ」とは、「面白味」であると思います。苦労は全て自分の肥やしになりますからね。苦労は買ってでもしましょう(ちょっと偉そうに!?)。。

組織全体においては、現在改革が急ピッチで進められています。 ドナー協調や援助の調和化が急進的に進む中で、援助額に力を任せてきた時代は終わり、日本のODAも大きく変わらなければなりません。時にスタンドアローン・プレーヤーと揶揄される日本のODAですが、もっと効果的・効率的な途上国開発に向けた取組みが日本のODA関係者間で議論されています。外務省においても援助の効果・効率の向上を目指し、従来「常識」と思われていたことに対しても挑戦していくことが重要であるとの認識の下で「内なる改革委員会」が組織され、議論が進められています。国際競争力のあるJICAを目指して、日々努力の毎日でしょうか。 


6. 開発支援分野の仕事を志す方へのメッセージなど


目をつぶって、自分の10年後をイメージしてみてください。どのような場でどのような仕事をしている自分が現れますか?そこに現れた自分は活き活きと活躍していますか?そんな自分がイメージできたら、あとはそうなるためにどうすればよいかの方法を探すだけだと思います。能力のある皆さんには、沢山の選択肢が考えられると思いますが、実際に組織内部の人に会ってみて、目標が共有でき、目標に邁進している活気を感じたら、きっとそこがあなたの居場所だと思います。

組織や立場の違いに関係なく、多くの人と協調していくことができれば嬉しいと思っています。


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第1回目: 石井幸造様 (財団法人国際開発センター)

環境ネットワーク・インタビュー第一回目には財団法人日本国際センターの石井幸造様から石井様のキャリアを中心としてお話をお伺いしました。

1. 現在の仕事内容

 

主に国際協力機構(JICA)から受託した開発途上国の特定地域の総合開発計画策定調査調査に、環境関連や社会保障、教育等の担当団員として従事。その他、外務省からの受託した援助政策や援助評価に関する調査にも従事。



2. 現在の仕事、機関を選んだ理由

 

大学時代の友人数名が青年海外協力隊として開発途上国で活動していた影響も受け、国際協力に携わりたいと考えるようになり、米国大学院に留学。日本を基盤に国際協力業務に従事したいと考えていたことから、大学院修了後に日本における開発・国際協力分野専門の総合的なシンクタンクである(財)国際開発センター(IDCJ)の研究職に応募。国際協力の分野における経験がないことが大きなネックになることは重々承知していたが、幸いにもインターンとして採用されることとなり、同センターに入職するに至った(インターンといっても職務内容は通常の研究員とほぼ同じであり、海外での現地調査の機会も与えられる)。約9ヶ月のインターン期間を経て、正規の研究員として採用されることとなった。



3. 現在の仕事に就いた経緯


自然資源の保護に興味があり、大学では水産資源管理を専攻した。大学卒業後は食品会社に入社し、主に食品素材の用途開発、原料の購買関連の業務に従事していた。しかし、上述の通り、大学時代の友人数名が青年海外協力隊として開発途上国で活動していたこともあり、国際協力に興味を持ち始め、近い将来、国際協力に携わりたいと考え、専門知識を学ぶべく、30歳を前にして米国大学院への留学を決断した。


専攻を選ぶにあたっては、学部時代の専攻をベースに、さらに広い範囲も含め環境に絞って選定することとし、最終的に環境政策の分野で毎年高い評価を受けているインディアナ大学ブルーミントン校を選んだ。専攻したプログラムではインターンシップが必修となっていたことから、将来的に環境分野で国際協力に携わることを念頭に置き、2年目の夏に国連環境計画(UNEP)/国際環境技術センター(IETC)にて3カ月のインターン生活を経験した。


卒業を間近に控え就職活動を開始し、すでに述べたように将来的には日本を基盤に国際協力に携わりたいと考えていたこともあり、(財)国際開発センター(IDCJ)の研究職に応募した結果、インターンとして採用され、その後、正規の研究員となった。



4. その仕事をするのに必要・役立つスキルなどは?

 

ODAによる調査・研究の対象分野は環境分野のみならず多岐にわたることから、現在の職場では必ずしも自分の専門分野である環境/資源管理に関する業務だけに従事するというわけにはいかない。これは他の民間コンサルタント企業でも同じであると思われる。よって、留学における専攻にプラスして、専門の地域/国を持ち、その地域/国についての幅広い知識を持つことが、国際協力に係る業界での就職を有利にするとともに、業務の遂行にも役立つのではなかろうか。また、海外滞在中は難しいが、機会があれば日本において実施されている開発関連の様々な研修やセミナーに積極的に参加し、開発や国際協力に関する知識を深めることも重要かと思われる。



5. 仕事のやりがい、苦労する点など

 

現地の政府関係者との協力に基づき調査を進めるケースが多く、現地住民との意見交換を行う機会が比較的少ないため、自身の調査結果が現地のニーズに本当に合致しているのか見極めが難しいと感じることがある。
 


6. その分野の今後の方向性

 

国際協力の分野はこれまでのハード中心からソフト中心へと移行している。また、ODAプロジェクトでは、環境や社会面での配慮がこれまで以上に重視される傾向にあることから、環境社会配慮に関する業務は今後も引き続き需要が多くあると思われる。



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