2004年1月21日BBL概要

HIV/AIDSの課題
− USAIDの果たすべき役割と同分野における日米協調について−

 

1月21日のDC開発フォーラムBBL「HIV/AIDSの課題 − USAIDの果たすべき役割と同分野における日米協調について−」は、現在USAIDのHIV/AIDS課長で、昨年まで在京米国大使館のUSAID代表として開発分野の日米協力も担当されたDr. Constance A. Carrinoをキックオフスピーカーとしてお迎えして行われました。Dr. Carrinoは、

(1) エイズの現状と課題
(2)USAIDの対エイズ支援
(3)ブッシュ政権のPresidential Initiatives
(4)エイズ支援における日米パートナーシップ

の4点についてお話し下さり、これに引き続いて約20名の参加者との意見交換・質疑応答が行われました。講演及び質疑応答の概要は以下の通りです。

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(1)エイズの現状と課題

@ エイズは単に保健の問題にとどまらず、途上国の経済発展や安定性をも脅かす病として知られている。2003年末時点の推計では、エイズ感染者は世界で累計で4,000万人、2003年に500万人が新たに感染、同年にエイズで300万人が死亡している。地域別では、エイズ感染者が累計で最も多いのはサブサハラアフリカ(2500万〜2820万人)、ついで東南アジア及び南アジア(460万〜820万人)となっている。新たな感染者もサブサハラアフリカ(300万〜340万人)、東南アジア及び南アジア((61万〜110万人)の順であるが、東南アジアはカンボジアやラオス、そして南アジアはインドを含むため、同地域は今後エイズ感染の広がりが最も懸念されるところである。

A 前述のように昨年1年間だけで500万人の新たなエイズ感染者があったということは、計算すると6秒毎に1人が世界のどこかで感染しているということになる。この95%は途上国で発生し、新たな感染者のうち約15%は15歳以下の子供で、残りの85%が15-49歳までの経済活動が最も活発な世代である。このうち、半分が15-24歳の若年層による感染であるため国の経済活動への影響が問題となっている。

(2)USAIDの対エイズ支援活動

B この世界的なエイズ禍に対し、国際機関やドナーによる取り組みが各地で実施されており、米国政府も開発援助庁(USAID)を通じこのエイズ対策を1986年より支援している。2003年末までの累計で、32億米ドルという巨額が投じられてきているが、特に2000年にUSAIDの対エイズ予算が前年比で倍増し2億米ドルがとなって以来、金額的には飛躍的な伸びを続けている。米国で他にエイズ対策を実施する機関として、米国疾病管理センター(CDC)、防衛庁、労働省がエイズ対策予算を配分されている。

C 予算倍増に伴い、2000年以降USAIDのエイズ対策活動は大変活発になったが、同時にカウンタビリティの確保も重要になった。これまでに50以上のエイズ禍が深刻な国々に支援プログラムを実施してきている。現在は、エイズの広がりが国全体に及んでいる4カ国、即ちカンボジア、ザンビア、ウガンダ、ケニヤを『緊急にスケールアップが必要な国(rapid scale-up)』、そして、19カ国を『徹底したフォーカスが必要な国』と区分した。上記4カ国は、国家レベルのエイズ禍の影響、政治的コミットメント、基礎インフラ、他ドナーの支援、の有無を考慮して選考された。

D 具体的なプログラムの内容としては、2000年までは主として予防活動を行ってきたが、それ以降は予防を含め活動範囲を広げ、患者のカウンセリング活動支援、エイズ孤児のケア、エイズによる免疫力低下に伴う日和見感染のうち結核治療など、感染者の生活支援に重点を置く内容に推移している。

E 支援体制としてはUSAIDは分権化が大変進んでおり、ワシントンDC本部では戦略を企画し、実施はローカルに任せている。また、USAIDはT/Aを重視しており、地域事務所がT/A供与の役割を果たしている。

(3)ブッシュ政権のPresidential Initiatives

F ブッシュ大統領のもと、対エイズ支援としてPresidential Initiativesが打ち出され、その中に2002年の国際母子HIV感染予防イニシアティブと2003年のエイズ救済緊急プラン(PEPFAR)がある。前者は5年間で5億米ドルを中南米、東欧、アフリカの計14カ国に投入する計画であり、後者は2003年1月の大統領一般教書演説中で発表され、5年間で150億米ドルをアフリカ及びカリブの計14カ国で集中的に支援する予定としている。このPEPFARの150億ドルのうち100億ドルは新規予算であり、また、10億ドルはグローバルファンド(GFATM)に出資される。2004予算年度には20億ドル以上が積み増しされ、2009年まで予算がほぼ同ペースで増える予定である。

G PEPFARの実施対象14カ国は、エイズがある一定のハイリスクグループに限定的に蔓延している段階ではなく、既に一般の人々にまでエイズが広がり感染率が高い国を緊急支援の対象としているが、実際その選択プロセスは政治的・外交的な要素に左右されたと言える。現在15番目の国をアジアもしくはヨーロッパから選択する作業が進められているところである。

H GFATMは2001年にエイズ、マラリア、結核対策のための基金として設立され、アメリカは最初の、そして現段階で最大の出資国であり、その額は5億ドル、即ち全体の23%を占めている。これに前述のPEPFARによる10億ドルが上乗せされる予定である。日本はこれに対し、約2.7億ドルを拠出している。日本を始め各国ドナーがアメリカ同様に出資しているという事実は、

他のドナーからの多くの出資を強く期待する結果、アメリカのGFATMへの出資額に上限を設定した、という経緯を持つアメリカ議会がエイズ関連予算を通す時の関心事であるため大変重要である。

I ブッシュ政権下では、USAIDが主たるエイズ対策支援の実施機関としているものの、国務省内にOffice of the Global AIDS Coordinator(S/GAC)を別におき、エイズ対策関連諸機関を統括する役割を担わせようとして準備を進めているが、まだ動き出して5ヶ月程度しか経っておらず、人員不足もあり本格的な活動には至っていない。

(4)エイズ支援における日米パートナーシップ

J 日米パートナーシップは1990年代始めより続いているが、保健分野は大変良く機能している分野の1つである。ただ会合やペーパーを重ねるスタイルではなく、実際的且つアカウンタビリティを持って現場レベルで協調関係を築き上げていったのが成功の秘訣だろう。エイズ分野では予防、家庭でのエイズ患者ケア、データ収集、クロスボーダーでの活動などで実績があり、日本側のカウンターパートは現在のところJICA、JOCV、大使館(草の根無償)である。最近の例としては、カンボジアのエイズ患者の日和見感染の1つである結核治療について、日本側が治療用の医薬品の供給部分を担うといったものである。このカンボジアでの協調関係は、途上国での感染症対策をテーマの1つにしたG8沖縄サミットの際に決まったものである。


【質疑応答(順不同)】

(エイズ対策一般)

K (問)エイズ治療薬がより多くの患者に行き渡るよう、ドナーや国際機関が色々なプログラムを実施しているが、サスティナビリティはどのように確保するべきか。

→(答)まずはエイズ治療薬の価格を世界的に引き下げる努力が必要である。また、薬の摂取をより容易にすることも考慮されなければならない。倫理的な問題として、例えばその治療薬を用いて患者の寿命を3年間引き延ばす事が出来たとしても、治療薬がそれ以上入手不可能であれば、治療はそれまで、ということであってはならない。そのため、先進国やドナー、製薬会社からの支援はGFATMを用いてその持続性を維持する不可欠であり、一方で途上国側でも様々な工夫を凝らしてエイズ治療薬をより持続的に入手可能にしようとしている。例えば、コートジボアールでは自国内でエイズ治療薬を生産している。

L (問)若年層へのエイズ対策の難しい点は何か。

→(答)今年のブッシュ大統領の一般教書演説では、”Abstinence in youth”という言葉が聞かれたが、ブッシュ政権はこの『禁欲』をエイズ対策の柱としている。現在、国務省のGlobal AIDS Coordinatorと協働して若年層で如何に禁欲を推進できるか、というコンセプトペーパーを作成中である。エイズ感染のリスク低減のための行動変容として禁欲と並行的に、(1)性交渉を開始する年齢を出来るだけ引き上げる、(2)コンドームの利用を促進する、(3)一夫一妻制の徹底や性交渉パートナーの人数を出来るだけ減らす、という手段もあり、若年層のエイズ感染が減少した国では、いくつかの方法を組み合わせて行っている。

(アメリカのエイズ支援について)

M (問)アメリカのエイズ対策と国際機関とはどうやって連携をしているのか。

→(答)実施レベルでは、本来的にはある一国のエイズ対策戦略のもとで事業実施がコーディネートされるべきだが、現状はUSAIDのプロジェクト、世銀のプロジェクトと分かれて実施されており、手続きやプロセスが煩雑化し混乱を生んでいる。そして、エイズが最近脚光を浴びていることから、エイズ支援にばかり予算がつき、他の保健関連事業が疎かになる傾向も見られる。アメリカは、PEPFAR対象の14カ国との協働に対して、UNAIDS、WHOなどと協力して、まずその国のエイズ対策戦略がどのように進められているかを見るためのミッションを派遣した。また、事業効果を計るために異なった指標を用いて、相手国側の負担を増やしていることから、DHS (Demographic and Health Survey: USAID出資)が中心となって、MDGs関連の会議においてドナーや国際機関と使用される指標の調和化を図っている。


N (問)PEPFAR重点国の選択方法は、純粋にエイズ蔓延が最も著しい国を対象
にしたとも思えない。実際、ジンバブエは25%の人口がエイズに感染しているのに、対象国に入らなかった。

→(答)指摘の点は最もであるが、PEPFARは相手国側政府との共同作業になるので、良いポリティカルリーダー及び、それらによる強力なコミットメントがなくてはならない。その点で、ジンバブエはクオリファイされなかったのだろう。一般的には、重点国の選定は、エイズがハイリスクグループだけでなく一般市民にも広がってしまっている国が対象になっている。しかし、小国はPEPFARのインパクトが少ないと見なされ、エイズが広がっているのにも関わらず選考から漏れているケースもある。従って、前にも申し上げたが、このプロセスは政治的・外交的な要素が大変作用していると言って良いと思う。

O (問)アメリカのGFATMに対する拠出額は、PEPFARの合計額150億ドルのうち10億ドルにしか満たない。これは、アメリカがGFATMをあまり重要視していないことの表れではないか。

→(答) アメリカ議会がこの拠出について決定権を持っているが、同議会がGFATMにおいてより効果的な活動がなされているか監視しており、また、他のドナーの関与が増加していることもアメリカからの出資額が抑えられた理由である。特に議会はGFATMはアメリカの出資をGFATM全体の33%までと設定していることから、GFATMの活動資金は他のドナーの出資に大きく頼ることになる。従って、バイの援助機関も今後GFATMの活動に積極的に関与すべきである。USAIDもGFATMと密接な連携関係があるが、その一方で、GFATMは資金面の支援をする機関なので、現場ではGFATMが直接支援出来ないT/Aのニーズも引き続き高く、USAIDはそちらへの支援も強化している。

(日米パートナーシップについて)

P(問)日本でのご経験を踏まえ、日米パートナーシップについてどう考えているか。

→(答)この協調関係は大変有効に活用されており、今後もより一層の活動が期待されている。日本のエイズ対策支援については、たったの10人程度でエイズに関する意思決定のプロセスが進められているのではないかと思うが、しかし一度意思決定が上位でなされれば、下部の動きは格段に早いという印象がある。また、現状は他国のリーダー
やアドボカシーグループにただ追従しているように見受けられるが、日本には日本ならではの貢献分野があるので、それを活用していってはどうか。一方で、アメリカは日米パートナーシップに加えて、GFATMの活用もより重視して行きたいという考えもある。実際にアメリカ議会は、USAIDを通じたエイズ対策と、GFATMへの拠出とその成果に高い関心を払っていることからも明らかであり、日米関係と同様、政治的な関心もや思惑が動いているのも事実である。

Q (問)日米パートナーシップの今後については、アメリカがその知見や経験を活かして、戦略作り及びリーダーシップを握り、一方日本はお金を出す、という形が実は最も効率的ではとい考え方もあるが。

→(答)ドナー間ではGFATMを通じて出資するという新しい協調関係が生まれているが、その一方で、前述のように現場レベルでは為すべきことがたくさんあり、現場での協調関係も大変重要であることを強調したい(例えば、NGOのネットワークなど)。日米パートナーシップが成功してきた理由は、目的及び結果重視の実施体制を取ってきたためである。従って、日本とアメリカが共同で実施出来ることをニーズに合わせ、現場レベルで地道にやっていくことがやはり重要だと考える。

R (問)アメリカが国際的なエイズ対策に乗り出すことに対し、日本側から見れば驚くほどの熱烈な支持をアメリカ議会から受けている印象を受ける。なぜ、エイズ支援が議会で評判がいいのか。

→(答)まず日本と決定的に異なるのは、アメリカはエイズ危機を乗り越えてきたので、リベラルで強力なサポートグループやアドボカシーグループが存在していることである。そして、その一方で、アメリカの保守層、即ち良識人たることを自負する人々が、現在議会の多数を占める共和党に多い。この2つの、教育水準が高く且つ富裕層出身のグループが、アメリカの外のことは知らないが共通して普遍的な人権の価値を信じている、という共通点を併せ持っている。そして、それらの信念によってエイズ支援は支持されていると言えよう。上記のような特徴を日本は有していないが、日本ではアメリカなど他国のドナーがどう支援しているか実状を例示しつつ、国会をアドボケイトする方法が、日本の意思決定プロセスから判断すると有効ではないか。なお、現在、共和党と民主党が一緒に、”HIV & Security”というレポートを作成中である。内容としては、国家規模から勘案して例えば中国、インド、ロシア、ナイジェリア、エチオピアなどでは、エイズにほんの数パーセントの人が感染しただけでも合計の人数は莫大なものとなり、地球上の脅威となり得ることを警告するものである。

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以上の論点をはじめとして、日本が今後どのようなエイズ支援体制・方法を確立出来
得るか、日米パートナーシップをいかにより効果的な形へと発展させることが出来るか、などご意見や具体的なアイデアなど短いものでも結構ですので、info@developmentforum.orgまでご意見をいただければ幸いです。

ご参考:『国連:旧ソ連邦及び東欧でのエイズ禍を懸念
2004年2月17日付ワシントンポスト 紙


(保健ネットワーク担当 大野尚子)

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