2003年7月16日BBL概要

統計・データに関する最近の動向
−PRSP、MDGs、結果重視マネジメントの観点から−


昨7月16日、ワシントンDC開発フォーラムBBL「統計・データに関する最近の動向−PRSP、MDGs、結果重視マネジメントの観点から−」が約15名の出席を得て開催されました。

冒頭にハリソン牧子氏(世銀開発経済局統計課エコノミスト)より、統計・データに関する国際コンセンサスの形成、直面する矛盾と活用すべき好機、途上国レベルと国際レベルの動向、国際レベルの分業体制や国毎のイニシアティブ、日本の貢献等について問題提起がありました。席上配布資料は次の通りです。
http://www.developmentforum.org/records/material/stat0716.doc

これを受けて、インフラ・ジェンダー・保健・ガバナンス等の統計・データの状況や、日本の貢献を推進するための課題等について、活発な議論が行われました。

【冒頭プレゼンテーション】

1.統計・データに関する国際コンセンサスの形成

私は世銀開発経済局統計課に勤務しているが、最近周囲で開催されている国際レベルでの会合に参加し、報告書を読んでいると、次のようなコンセンサスが築き上げられてきている。

(1)国際機関、バイのドナー、途上国政府、NGO等の様々なステークホールダーが一緒になって、国レベル・国際レベルの開発目標(MDGs等)達成にどれだけ貢献できるかは、信頼のおけるタイムリーな統計・データの入手の可能性に根本的に依存している。この点については、世銀内でも、バイのドナーでも、他の国際機関・地域機関でも、かつてないほどの高まりである。統計・データは、補完的な、余裕があれば取り組むという問題ではなく、開発にとって根本的に重要なものとなっている。

(2)更に、この統計・データの重要性は、統計・データを従来より作成し使用している統計専門家や、政策分析担当の経済学者を超えて、政策決定者、特に予算決定に携わる人達に、十分認識してもらう必要がある。さもなければ、政策的な取り組みのスケールアップが出来ず、また一般国民の理解や支持も得られない。

(3)このためには、優先順位のはっきりした、タイムテーブル付きの、できればコストも明示された国際レベルでの統計・データ作成能力向上計画を準備する必要がある。


2.直面する矛盾

しかし、これを具体化するに際しては、次のような矛盾に直面する。

(1)まず、統計・データ作成に際して、途上国が持っている関心事項と、国際レベルでの関心事項を一致させることが出来るのか、どのように優先順位を決めるのかという問題がある。

(2)また、短期的に必要となる統計・データ(例えばWHOが必要とする保健情報や、世銀環境部局が作成する報告書のための情報など)のための援助と、中長期的に必要となる国の統計・データ関連能力構築のための援助をどのように整合性をとるのかという問題がある。


3.活用すべき好機

(1)しかし、最近このような矛盾を解決できる良い機会が生まれてきている。その一つはPRSP(貧困削減戦略文書)であり、国がオーナーシップを持って4−5年を視野にいれた戦略文書を作る過程で、矛盾を解決しつつ取り組みが進められる。また、MDGsという形で、国際レベルで目標の合意が達成出来た。更に、結果重視マネジメントの重要性に対する認識が高まり、途上国に限らず、国際機関や日本を含むバイのドナーの中でも、マネジメントの変化が求められている。

(2)それに加えて、PARIS21(統計キャパシティ・ビルディングのネットワーク)を巡る動きがある。自分は世銀でPARIS21の調整官としての役割を果たしているが、いろいろなプレーヤーが集まってそれぞれの需要と貢献をアピールし、誰と協力すれば効率的かわかるような場を提供する。このような、パートナーを見つけるための政治的に中立な場が存在すること自体が好機だと思う。


4.途上国レベルと国際レベルの動向

(1)以上を背景として、途上国レベルでは、PRSPに則りどうすれば貧困削減が達成できるか、衛生・保健部局、教育部局、統計部局、経済開発部局といった政府部内の各部局が集まって検討し、国全体の貧困削減の評価メカニズムを作ってPRSPに一つの章として盛り込む必要が生じている。それに伴い、戦略的マスタープラン(SMP)に基づく統計分野への長期的投資も課題となっている。そして、MDGsとPRSPの間の整合性が次第に高まり、途上国レベルの関心も国際レベルの関心に近づいてきている。

(2)国際レベルでは、PRSP、MDGs、結果重視マネジメント、PARIS21等で、ドナー同士の調整が必要という意識が高まっている。ドナーが本当に開発に役立つことをやろうとすると、PRSPに則った結果重視の支援が重要になり、そこでは誰がどの部分の支援を担当するかという調整が大事になってくる。PARIS21のような中立的な場を通じての情報交換も、速やかに行われるようになってきている。更に、MDGsとPRSPの関係調査について、どの国際機関も関心を持っている。世銀内でも、PRSPという確立した仕組みを使ってMDGsという大きな目標を如何に達成できるかについて、様々な部局が様々なレベルで探求している。例えば、開発経済局では、MDGsとPRSPの指標の整合性、報告メカニズムの整合性、目標設定の適切性などについて研究している。


5.新たなイニシアティブ

(1)これに基づき、国際レベルでの分業体制を構築する新たなイニシアティブが次々と打ち出されてきている。

(イ)保健マトリックス(Health Matrix)は、WHOがリードし、ゲーツ財団や世界開発研究所(CGD)等も入る形で開始されたものである。アカウンタビリティ向上、ガバナンス改善、調和化推進、効率性向上のために、保健分野に関心を持つ様々な関係者とパートナーシップを組もうとするものである。具体的には、モニタリングの指標の質の基準(頻度、サンプルサイズ、質問表の内容など)を協調し整合性を高めること、新しい保健指標を作るための研究開発を一緒にやっていくことなどがある。WHOがマトリックスをつくり、今の保健データの質や入手可能性の現状がどうなっており、どこに欠陥があり、どのドナーがどこを手当てして完全なものにするかということについて、今後の提案に結びつけるものである。ゲーツ財団も相当の資金を提供しており、途上国のキャパシティ・ビルディングも視野に入れている。

(ロ)インフラ・データ・イニシアティブは、世銀インフラ局のリードにより打ち出された。国際分業体制によりインフラ・データの質を上げるという動きである。インフラは保健に比べてもデータの質や入手可能性が低い。国際基準も決まっていないので、国相互の比較もしにくい。具体的には、ビジネス立ち上げに要する日数、道路の量、テレコムの指標などを対象にしている。

(ハ)教育指標は、ユネスコが中心となり、世銀も協力して、質や入手可能性
を上げる努力がなされている。

(2)また、個別の国・機関でも各種のイニシアティブが見られる。

(イ)米国では、民間部門を含め、保健問題に関する関心が高い。ゲーツ財団の保健プロジェクトに対する投資の半分以上は、統計・データを含む研究開発に用いられている。

(ロ)世銀では、セクター毎に統計に関係したプロジェクトがある。世銀開発経済局では統計キャパシティ・ビルディング100%のプロジェクトを行っており、信託基金や融資メカニズムも出来た。ウクライナではプロジェクトが承認された。ブルキナファソも関心を持っており、カントリーディレクターが了承したので動き始めるだろう。グラントではなく融資により統計関係のプロジェクトが動くことは画期的である。途上国の中でも、オーナーシップを持ち長期的な視野に立って、統計強化にコミットするとの意識の高まりを示している。

(ハ)英国際開発省(DFID)から世銀への出向者にDFIDの立場を聞いたところ、旧植民地の歴史から、特にアフリカについて統計に関心があり、アフリカ諸国独立後も続いた。その後、統計支援予算が削られた時期もあったが、最近は英国内、DFID内で、予算がどれだけ有効に使われているかという自国の政策評価にも役立てるという観点から意識が高まっている。予算は限られているので、上手に資源動員するために、途上国の統計キャパシティ・ビルディング等を通じて信頼できるデータを整備しようとしている。


6.日本の貢献

以上の動向をも踏まえ、日本の貢献について、自分の観点から何点かお話ししたい。

(1)まず、PRSP関連の統計キャパシティ・ビルディングは有益である。タンザニアでのPRSP貧困モニタリングについて、JICAが技術協力プロジェクトを行っている。タンザニアにいるドナー、政府、NGO等の様々な関係者を集め、一緒になって準備・実施し成功した例である。日本はPRSPに対する関心が高まってきており、世銀を通じてPRSP関連のグラントも供与している。

(2)次に、MDGsのモニタリング・目標達成に対する意識も高いことから、2015年までの達成に向けての結果重視の支援を行うためのキャパシティ・ビルディングの一端を担うことが期待される。米国は保健に関心が高いが、日本はインフラや経済成長に対する関心が高い。そのような日本の特有の関心を生かしてリーダーシップをとると、明らかに光った貢献が出来る。例えば、経済成長について、国同士を比較するときに為替レートが購買力を反映していないことがあるため、購買力平価で換算して比較する指標を世銀や他のマルチの国際金融機関が検討しているが、これは日本の関心とも合致すると思う。

(3)また、日本の比較優位として、大規模の支援が出来ることが挙げられる。研究、データ整備、評価、プロジェクト開発、実施を一貫して出来るので、これを活かすような支援が有益ではないか。

(4)JICAの持っている技術協力の経験は極めて豊富である。しかし、国際舞台に伝わる機会が少なく、大変もったいない。先般、JICAで技術協力で蓄えられた知識が300数十ページの報告書にまとめられ、一部英訳もされているが、適切な場での発表を工夫すれば、多くの関係者から強い関心を持たれると思う。日本の持っている知識を分析し、伝達することが重要である。

(5)最近関わったものとして、GDDS(General Data Dissemination System)がある。これは、IMFが97年頃に作ったものであるが、この整備のために必要な支援を行う「GDDSプロジェクト」があり、日本はそのメジャーな資金供与国である。先日、IMF理事会で、GDDSの中にMDGsの指標をどのように組み込むかというペーパーが発表されたので参加する機会があった。このような分野も含めると、日本の貢献はかなり大きいと思う。


7.おわりに

今の部局で働くようになって、統計・データ自体を扱う仕事が中心になると思ったが、全然そうではなかった。貧困削減においてモニタリングの果たす役割や、そのモニタリングが政府の全体的・長期的な計画にどのように組み込まれていくのかを考える仕事をしている。統計・データは概して周辺的なものと思われるが、実は大きな意味を持つし、役に立つ話になってくる。統計・データ以外の様々な部局で働いている人も、統計・データをそのような形で理解していただければありがたい。


【意見交換】

1.ジェンダー関連の統計の現状について伺いたい。

→(ハリソン)MDGsにおけるジェンダーの役割は大きい。MDGs に含まれる夫々の指標はジェンダー毎に取るようにいわれている。また、目標8(先進国関連)にもジェンダーが挙げられている。ジェンダー関係者も、統計関係の会合があると、必ず出席してジェンダーへの配慮につき注意喚起している。ただし、女性の政治的役割に関する指標は国により標準化できていないこと、またPRSPについても必ずジェンダーが含まれているが、アプローチがまちまちであり国同士の比較は難しいことなどの課題がある。


2.統計・データ関連の分業体制において、日本がリードできる分野はある
か。

→(ハリソン)保健マトリックスのような国際分業体制のうち、一番潜在性が大きいのはインフラである。日本政府自身の関心が強い分野でないと物事が進まないと思う。現在、専門家同士の作業が進んでいると聞いている。


3.電力や通信関連など、行政データや民間企業の保有するデータは、単にまとめられていないだけで、現時点でも随分存在しているのではないか。

→(ハリソン)ニーズ分析が必要である。どの程度の追加資源でどの程度のデータ改善が見込まれるか自体わかっていない。現存のデータはかなりある。しかし、どこで誰が持っていて、どのデータとどのデータは時系列で比べられるかといったこと自体が把握出来ていない。最初はストックテーキングから始める必要がある。ただし、国が持続可能にデータを集める能力がないというのが一般的な状況である。特に、行政データは、各部局が持っており、これを使うと大きなコスト削減になるが、往々にして質が低すぎて使えず、ドナーが入ってサーベイを行うことも多い。また、研究者、政策分析者がどこまでアクセスできるかという問題もある。情報システムの整理が必要である。


4.保健分野において言われているのは、データが存在するのであれば問題自体が存在しないというぐらい、データ入手は難しい。特に出生、死亡などの指標は難しく、途上国にシステムがあってもたえず過少評価されているといったこともある。国際レベルの統計作成能力といっても、やはり指標によってデータのソース、推計の仕方、推計のための専門家が別々に分断されており、方法も全く異なっている。例えば、同じ保健であっても、結核と乳幼児死亡率では、やっている人や方法も全然違う。実際に推計作業を行う下のレベルの人たちを重視することが大切なのではないかと思う。国際レベルの調整も必要だが、やはり実際に現場で統計を作成する人のことも考慮にいれてやる必要がある。

→(ハリソン)最初のステップとして、異なる人が異なる情報源・方法を使って統計・データを作成していること自体を探し出す必要がある。どの情報源や方法が正しいか合意することは大変なことだろうが、例えばこれが国際的に合意された方法というのがあってはじめてどうするかという話になる。そのために、MDGsでは、MDGsのメタデータとして、どの情報源から、どの調査により、何年おきに収集されているか、確認する作業が行われている。これを国際レベルで集めて整理した上で、各国のレベルに持って行く。各国で実際に取り組んでいる人にそれを見てもらって、初めて問題の規模がわかる。今は、この最初のステップにあるように思う。


5.各国内のミクロの統計・データの強化が大事ではないか。国全体の統計・データのみでは、プロジェクトの裨益等が不明となり、どの政策が良いのかがわからなくなってしまう。政策提言につながる統計・データが大事である。

→(ハリソン)国全体のマクロデータも、そのおおもとはサーベイか行政データである。この下のレベルでの質が上がれば、世界レベルでの質も上がる。どの程度データが区分けできるかということについては、途上国ではなかなか難しい。ただし、改善しようという流れはある。世銀では、「貧困マップ」の作成を支援している。これは、途上国側がきちんとオーナーシップを持って作成し、地域毎に貧困のレベルを示すものである。かなり細かいデータが必要になるが、視覚に訴えるし、政治に役に立つ。このように、「貧困マップ」を通して、ミクロレベルでの評価を上げようという動きがある。今回は評価に焦点を当てたが、更にそれを次の政策に反映させる段階では、ミクロのレベルにでの政策やプロジェクトの形成につなげることが大事である。可能であれば、同じデータを使って完結できるようにするのが理想である。


6.JBICではインフラ指標の整備に取り組んでいるが、まずその目的を検討することから始まっている。国民に対する説明責任や結果重視の体系を踏まえたものであり、MDGsとは違った次元である。日本は日本なりの理念、方針を持っており、MDGsにマッチする形で指標をセットするかという問題がある。途上国の負担を減らして、途上国が飛躍するためのインセンティブになるかが重要である。


7.民主化、ガバナンス等の指標についての世銀の考え方如何。

→(ハリソン)MDGsに入っていない各種指標をどのように扱うかという問題がある。途上国が目標に含めたいと考えている指標があった場合、それを無視しないようにするため、MDGsプラスという言葉がある。MDGsは政治的プロセスを経て作られたものであり、そこで入らなかった分野、指標がある。しかし、それ以外の指標も、開発がバランスよく行われるためには大事である。MDGsプラスという形で、そのような指標も見ていく必要がある。


8.日本は統計・データの分野で様々な支援を行っており、知的貢献の材料も多いが、組織を超えてそれを整理して、スケールアップし、また発信するという調整者・プロデューサーがいないのではないか。このような調整作業は、時間とコストがかかる一方で、組織内ではなかなか評価されにくいという問題がある。

→(ハリソン)私は先日までPARIS21調整官という肩書きを持っており、今もやっている仕事はあまり変わらないが、実際に担当して、その意義が良くわかった。そして、世銀がこのイニシアティブにこのような調整官を配置したのは良い判断だったと思う。世銀にありながら世銀にどっぷりとはまらず、いろいろなところに顔を出すことが出来た。PARIS21の帽子をかぶって世銀への批判を聞き、世銀に帰るとそれをうまく世銀内部に伝える。そのような役割は大事だ。組織間で情報が流通しないことが往々にしてあり、その仲立ちをする人にお金をつけるのは十分意味のあることだと思う。


9.世銀のオペレーションの人達は、MDGsにどれくらい真剣に取り組んでいるか。

→(ハリソン)世銀のオペレーションの人達のMDGsに対する問題意識は、CAS、PRSPとMDGsが合致しているかという点でありそれについては真剣に議論が行われている。PRSPには、MDGsにどれだけ配慮しているかと言う章があり、モニタリングや指標でも関係してくる。CAS(世銀の国別援助戦略)もMDGsとの関係が強まってきている。しかし、実施に際してどの程度MDGs達成に貢献できるかは資金次第である。PRSPは長くても5年先までであり、そこからどういう線を引くかまではカバーしていない。(ただし、2015年のことを考えるべく、現在のトレンドと目標値の間のギャップを見せ、インセンティブを与えるといったことはしている。)他方、ドナーがどの程度スケールアップすればペースが上がってMDGsを実際に達成することができるかという、MDGsの目標8(先進国)関連の議論が、世銀の別の部局や国連で行われている。オペレーションの人達は、リソースの制約を受けている中での問題としてとらえている。

以上の諸点をはじめ、日本として取り組むべき課題や、議論を聞いての感想など、短いものでも結構ですのでinfo@developmentforum.orgまでご意見をいただければ幸いです。

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