2003年3月24日BBL概要

途上国の識字問題に如何に取り組 むべきか
−文書管理アプローチの視点から−

3月24日、ワシントンDC開発フォーラムBBL「途上国の識字問題に如何に取り組 むべきか−文書管理アプローチの視点から−」が、約15名の出席を得て行われ ました。

冒頭、中村雄祐氏(東京大学大学院総合文化研究科超域科学専攻(文化人類 学)助教授)、久松佳彰氏(東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻 助手)より、ボリビアの現場での研究を踏まえ、ノンフォーマル教育における 識字問題は文書管理という観点から取り組むべきではないかという問題提起を いただいた後、ミレニアム開発目標(MDGs)達成に向けて努力する中で、見逃 されがちな視点や問題点をどのように提示していくべきかという論点を中心 に、出席者間の議論で様々な意見が出されました。

(識字問題については、数日前にJICA準客員研究員報告書「非識字問題 への挑戦−国際社会の取り組みとフィールドからの活性化の試み−」(2002年3 月発行)がJICAウェブサイトに掲載されましたので、ご覧ください。) http://www.jica.go.jp/activities/report/kyakuin/200203_04.html

冒頭プレゼンテーション及び出席者からの意見のうち、主要なものは次の通り です(順不同)。

(1)途上国の識字問題に対して、文書管理という観点から、文部科学省の科 学研究費を使い、青年海外協力隊出身の国連ボランティア(UNV)の日本人と 協力して行ったプロジェクトについて報告する。他の問題にも応用が効くので はないかと思う。当初企画や現地での調整は中村が、データ分析は久松が担当 した。具体的にはボリビア先住民に対するノンフォーマル教育を取り上げた。 キーワードはOperationalization、つまり「現場ではどうすればよいのか」と いうことである。

(2)識字については大事であり、これは途上国のみならず先進国でも同様で ある。従来からの研究の結果として確認されていることは次の通りである。 第一に、正副の関係である。はじめにやりたいことがあって、そのサブコン ポーネントとして読み書きを位置づけるというアプローチが重要だ。 第二に、ターゲットニーズについてである。特定領域で技能訓練を行っても他の領域に自然に学習移転が起こるとは限ら な い。 第三に、ボリビアにおいて識字が中長期的に社会・経済開発につながるという調査結果が出ている。

(3)しかし、これらの問題を考える際に、そもそも「識字(literacy)」と い う文脈でアプローチして本当に良いのだろうか。もっと現場で使えるように し ないといけない。文字以外に数字、図表もある。日常生活で使うものは複合的であり、文字から入る理由はない。また、読み書きという表現に顕著なように、『識字』は話し言葉とのアナロジーで考えられる傾向が強すぎる。『識字』問題という際に我々が実際に直面している の は、文書と言う道具の使い方の問題であるが、このような側面は、識字という言葉を使った瞬間に焦点がぼけてしまう。 以上の点から、Literacyは問題に取り組むに際してふさわしい言葉ではない と 考えるが、すでに広く流通しており、一般的な文脈で用語を変えるのは現実的ではない。しかしながら、『識字』問題の現場ではより具体的な捉え方をする方が生産的であると考える。

(4)文書の中で記号を3つに分類する。図と数字と文字である。研究者は大体この分類にするので通用力があると思う。どれか一つが大事というより、組み合わせが大事である。文書を扱えない人がいる場合、『本人の技能の問題よりも、文書が使いにく い から』という可能性もあることを考える必要がある。

(5)また、文書はそれぞれ記録・保管・参照・廃棄というサイクルを持っている。それ ら のサイクルには技術的な基盤があるが、社会的慣習によって定まっている面が 強 い(たとえば、パスポートとメモの違いを考えてみよう)。我々は文書を介し て 互いを信頼しあう一種のコミュニティーを作っているが、『非識字者』と呼ば れ る人々が抱える問題は、視覚的記号の扱いが不得手であることに加えて、日常 生 活で出会う多様な文書のサイクルを背後で支える慣習に不慣れなことにもあ る。

(6)以上の観点からノンフォーマル教育を考える。NFEは一般にお金がなく、かつメンバーも不安定だが、文書管理という面か ら 見ると、メンバーが大体学校をドロップアウトしていることもあり、文書管理 の 不得手な人々が多いので、文書を介したコミュニティーを作り損ねている。つ ま り、そこには悪循環が生じている。

(7)ノンフォーマルについて研究をする際、まず現状を見た。第一に、すで に文書があるか。第二に、その文書の活用により信頼関係が向上しているか。 これに対して、新たに文書を導入していき、文書を介したコミュニティを育て ることが大事である。これをボリビアでやってみた。貧富の差が激しく、かつ 多言語状況も入っていることから、ノンフォーマル教育が必要である。ノンフォーマル教育は、一般に学習者の目的がはっきりしており(たとえば、 収入の確保)、かつフレキシブルである(フォーマルに比べて学習内容を変更しやすい)。

(8)具体的には、編物教室を取り上げた。当時、UNVの日本人が草の根無償をもらって編物教室をやっていた。10か ら 30代のスペイン語・ケチュア語の二言語使用者の女性たち約35名。多くは小 学 校卒業程度の学歴で、自分の名前を書いたり、簡単なスペイン語の文章を読む 程 度の読み書きはできる。手に職をつけるために月謝を自分で払うが、いつ極貧状態に転落するかもわからない、いわば、Middle class of the poorである。

(9)この中で、有用な文書をいろいろ導入しようとした。2−3年続けて サイクルが成り立つようにした。やったことは、編物自体に関係する部分、攻 防運営に関係する部分、商売を始めるのに関係する部分がある。それをもう少 し分析すると、具体的で個人的な局面から、抽象的で社会的な局面まである。 編物のマニュアルは、文字・数字・図表もコンビネーションのものを作ってみ た。なるべくゲームのような形でやり、50人程度が参加した。編物記号のよ うな具体的で個人的。レシートのような抽象的で社会的なものまで取り上げ た。その結果、視覚的記号の中では、編目記号は簡単に習得できたが、図はな かなか使おうとしない。どのように書けばよいかわからず、習慣もないからで ある。また、カレンダーも使い方は簡単に覚えたものの、都市近郊でその日暮し的な生活を送っているためか、それを使って中長期的な活動の計画を作るようなことはほとんどなかっ た。
更に、ファイリングの習慣も多くの参加者には根付かなかった。契約文書については、領収書の記入方法や誰が署名をすべきか等の点で混乱が目立った。署名の混乱については、先住民差別のような社会的要因がかんらでいるのかも知れない。

(10)結論としては、識字・文書管理を教えるに際しては、編目記号のよう な具体的で個人的な部分には入りやすいが、契約書のような抽象的で社会的な 部分には入りにくいということである。また、個人の技能強化やより使いやすい文書の導入など現場でできること、やるべきことは多いが、他方では、現場のエクササイズだけでは克服しがたいよ り社会的な次元の問題もあることも認識すべきである。

(11)文書管理アプローチのメリットは、まず現状の診断ができることであ る。また、ラーニングツールとしてフィードバックを繰り返したところ、2年 で以上述べたような進展があった。今後の道は険しいが有益である。このため には、完璧なマニュアルはない。一種の変革プロセスであり、個人も社会も変 わるというものである。その過程で、外的要素として社会的変革も必要とな り、編み物教室の工房の中で頑張っても解決しない。

(12)まずは教育・人的資源開発、その中で識字があって、その中で機能的 識字(functional literacy)の問題というヒエラルキーで考えがちであるが、 他方で母子手帳やICTなどにも関わりがある。識字問題は、教育分野にとどめ ることなく、分野にこだわらず(literacyの問題として)幅広く取り組むべき ではないか。(識字を識字としてとらえるのではなく、他との関係で捉えるべ きであり、MDGsも教育は保健、地域開発につながっているというように、縦割 りの世界からホーリスティックに捉えるべきとの指摘や、コミュニティ・エン パワメントとも関係するとの指摘あり。)

(13)今回のプレゼンテーションは、個々の人に対してどのような内容を習 得させる必要があるかという観点から識字の問題を考えるということだと思う が、このようなアプローチは、世界の識字に取り組んでいる人たちの問題意識 の中でどのように捉えられているのか。世界的な識字問題の扱いの潮流をどう 捉えるかを考える必要がある。(世界的な識字問題の潮流自体、フィールドオ リエンティッドな方向に来ている旨指摘あり。)

(14)ミレニアム開発目標(MDGs)の中に識字が出てくるが、これが実施さ れる場合のいろいろな問題点・アンチテーゼの材料の一つとして、今回の発表 の内容は使えると思う。また、もしMDGsが開発関係者全体の目的となった場合 に、今回の発表のような研究分野(ノンフォーマル教育による機能的識字・文 書管理)は無視されがちになるのではないか。MDGsのゴールに必要なことはや るが他は優先度が落ちるということになることを懸念する。この研究が開発の 観点から現実に意味のある研究になるよう、開発関係者とのインターアクショ ンを持ちながら進めていただければありがたい。(ユネスコ・アジア文化セン ターの識字教育プログラムとも協力し、ノンフォーマル教育の指標作りにも取 り組んでいる旨応答あり。)

(15)目に見える具体的な成果を上げようとする上で、文書管理というアプ ローチの付加価値は何か。MDGsのような具体的な目標から離れ、ホーリス ティックなアプローチといったとたんに漠然となるのではないか。この橋渡を するための研究、文書管理というのは識字と比べてどう違うのかを示す研究を したら良いのではないか。(文書管理アプローチは、必ずしもホーリスティッ クなアプローチではなく、細かくて具体的、プラグマティックである。個々具 体的に教材を改善する、カリキュラムを改善するという形で取り組んでいる。 また文書管理を中心に考えた段階で文書管理アプローチの仲間入りをしている と思う旨応答あり。)

(16)ノンフォーマル教育という分野には、予算の枠組みの作り方の関係でなかなか予算が行かず、その分野を専門にしている人にとっては大変不満である。フォーマル教育の方がデータが得られやすいため研究が多く、ノンフォー マル教育については経済的観点から見た時の分析の研究が少ないことが問題である。

以下、質疑応答の概要

(17)人類学は問題を多面的に見るという点で有益と思うが、応用人類学の 開発における利用価値と限界をどう考えるか。今回の調査の場合、実施やアドボカシーは現地の開発実務者がやり、研究者 は アドバイザーやコンサルタントとしてピンポイントに行った。結果的に、生産 的 なチームワークになったと考える。

(18)コミュニティ開発と関連するが、非識字者で編物の上手な参加者が2−3時間で編物記号を覚え熱心に使い始め、その 後、 自分から識字を勉強したいと申し出たため、工房で識字のクラスを始めたとい う こともあった。つまり、自分で文書が役に立つことを実感することが肝心であ り、 そのためにはたとえば編み目記号のように身近な図的な記号から入ると良いの で はないだろうか。

以上の諸点をはじめ、日本として取り組むべき課題や、議論を聞いての感想など、短いものでも結構ですのでinfo@developmentforum.orgまでご意見をいただければ幸いです。

Top