ワシントンDC・ODA改革ランチ

「日本の開発研究の課題と今後の方向性−ワシントンDCの視点−」

 2002年1月25日、米国ワシントンDCにて、官・学・民・国際機関の経済協力実務家を中心とした有志約20名が、個人の資格でODA改革(日本の開発研究の課題と今後の方向性)について昼食を交え意見交換を行ったところ、概要は次の通りです。

【ポイント】

 

  • ODAの量的拡大が困難な中、費用対効果の高いODA戦略を確立するため、開発研究の強化は(1)ODAの質の向上、(2)途上国・先進国への説明・広報という双方の意味で重要である。

  • 具体的な政策のアイディアとしては、次のものが考えられる。
  • 政策・実務者と研究者の協力体制の構築による政策志向の研究の推進
  • 情報アクセスの強化人材のネットワーク化
  1. 日本の開発研究機関の協力体制強化
  2. アジアの開発研究の推進、PRSPを具体化する「アジアモデル」の構築
  • Global Development Network(GDN)の活用
  • その推進に当たっては、日本の開発研究のケーススタディ志向のメリットを生かしつつ理論面を強化すること、研究者の英語のコミュニケーションスキルを改善すること、またそれらを実現するためのインセンティヴを与えることなどに留意する必要がある。

 

【本文】

  1. 日本の開発研究の課題−キャパシティ・ビルディング

Global Development Network (GDN) シニアエコノミスト 川辺英一郎・朽木昭文)

  1. なぜ「キャパシティ・ビルディング」が重要なのか?
  1. ODA戦略の確立

     日本の財政状況は厳しく、対外収支も黒字が縮小していく傾向にあり、製造業も国際競争力を失ってきている。このような中で、ODA予算の量的拡大は困難であり、円安が進めばその額は更に減少することとなる。このため、費用対効果の高いODA戦略を確立する必要がある。

     このためには、企業にたとえれば、(a)ボトムラインとして「ODAの開発効果の向上」という結果(収益)を出すこと(=質を上げること)が極めて大事であるが、(b)それに加え、カスタマー・リレーションズ、インベスター・リレーションズ(CR/IR)に相当する広報活動、即ちODAの開発効果の向上について世界に説明すること(=発信すること)が重要である。このいずれにとっても、開発研究は大きな役割を果たす。

  2. ナレッジ・エコノミー(知識集約型経済)

     1990年代の経済学では、開発について2つの動きが注目された。第一に、成長理論の発展の中で所得分配の議論がクローズアップされたことである。これは、先進国内、そして先進国と途上国との間での格差が一層拡大し、無視できなくなったことによる。その中で、知識こそが重要であり、知識を蓄えることが成長の源泉と認識されるようになった。これは、IT(情報通信技術)の活用につながっていく。現在、ITの発達によりグローバルに情報収集・交換を行うことが可能となっており、ローカルな知識を地球的規模で利用できる環境が整ってきている。開発研究も、この活用により一層効果的な政策を立案することが可能になってきている。

     第二に、経済成長における制度インフラの重要性である。例えば、市場経済移行国において市場経済化が進んだが、独占禁止法がないところで民営化しても、独占企業ができるだけになってしまうなど、制度インフラがなければ改革の効果が期待できない。この制度作りには、人材の育成が不可欠であり、開発研究の果たす役割は大きい。

  3. PRSP−「成長」も「公平」も?

     現在、途上国にPRSP(貧困削減戦略ペーパー)の作成を促す動きが世銀を中心に始まっている。各国や国際機関の思惑もあり額面通りに受け取るのは難しいが、貧困削減が問題であることは確かである。この中では成長は貧困削減のためのツールとして位置づけられpro-poor growthという概念が多用されている)、具体的にはインフラより教育・保健等が重視されている。日本のODAは伝統的にはインフラを中心として、成長を重視しつつ貧困削減に一定の成果を上げてきたが、今後は、PRSPの文脈で日本のODAの有効性を位置づけて主張しないと、世界に通用しない時代になってきている。

     また、PRSPでは途上国の主体性が重視されており、「エンパワーメント:途上国に能力と権限を与える」という理念が重要となっている。途上国の研究者についても人材育成により政策立案能力を高めることが喫緊の課題である。先進国からの知的支援が必要となっており、日本においても開発研究を強化しなければならない。

(2)どのような政策アイディアがあるのか?

  1. 政策・実務者と研究者の協力体制の構築による政策志向の研究の推進

     世銀の強みは、政策・実務担当者と研究者の相互交流・連携が日常的に行われ、多様なアイディアの検討が可能なことである。現実の課題が研究者に伝えられるとともに、最新の研究成果が政策・実務担当者にフィードバックされる。例えば、世銀はいろいろな部局でいろいろなセミナーをやっており、自分の所属する経済分析局(DEC)では毎週ブラウンバッグ(昼食持ち寄り)の経済分析セミナーが開催され、米国の大学教授や博士課程の学生が論文を発表して、世銀のスタッフと討論を行っている。この過程で、様々な国から様々な知見が入ることとなる。こういった知的交流を背景に、世銀ではスタンダードな経済理論による開発事業の意義付けを行い、世界に通じる形で世銀の政策の正当性を示すことにより、理解者・支持者を獲得している。

     日本では、政策・実務者と研究者の連合が弱い。内容面では、日本においても、「援助哲学(理念・思想)」と「ケーススタディ」を結びつける「フレームワーク」の体系的な研究を強化する必要がある。日本には「援助哲学」はある。また「ケーススタディ」もある。問題は、日本が行う具体的な援助がなぜ良いのかについての研究がないことである。世間の人は、通常の経済学で説明するようなペーパーや実証分析をしないと、哲学や実例だけでは説得されない。

     この「フレームワーク」の研究により、日本の開発援助の意義を裏付けるストーリーを作り、ブランドイメージを高めることが効果的である。一例としては、「日本の援助による成長促進は貧困削減に役立つ」といった形で理念と具体例を結びつけることが考えられる。例えば、JBICの北野氏は、インフラ整備によりジニ係数が下がるという研究を発表して、「インフラ整備は所得格差を埋める」ことを示した。JBICの研究なので割り引いてうけとめられてしまうと思うが、日本の大学の研究者やアジアの研究者が類似の発表をすることにより説得力が増す。また、このような研究は一つだけではダメであり、数多く、かつ幅広く行われる必要がある。

  2. 情報アクセスの強化、人材のネットワーク化

     開発援助に関するODA文書・統計のウェブ・データベース化を日英双方で行い、世界中どこからでもアクセスできるようにすれば、研究を支援し発信を強化できる。日本が比較優位を持っている「ケーススタディ」の研究成果も同様に海外に発信することも重要である。

     また、人材のネットワーク化も重要である。ナレッジ・エコノミーにおいては、知らないアイディアに触れること、知らない人と話をすることが一番重要である。同じ人と話しても新しいアイディアが出てこないが、違う人と話すことでアイディアが創造できる。日本の研究者は身内で固まる傾向があるが、国内・海外のコンファレンスでの積極的な研究発表(他流試合)をすることにより、この点が改善されよう。世銀などは研究者を丸抱えしておらず、外部からコンサルとしてアドホックで雇い知識だけを使う。例えば、研究者・研究機関に関する情報のウェブ・データベース化し、ネットワークの共通財産とすることも一案である。現在日本では、特定のプロジェクトをやる時に、人づてで紹介してもらうのが普通だが、データベースの構築により世界に散らばっている日本人を含めて組織化し、人材を有効利用できる。

     特に、海外勤務経験者のネットワーク化は有効である、海外勤務経験者の多くは、当地で博士号、修士号を取得して日本の研究機関や大学等に勤務しているが、彼らは世銀等のインサイダーとなっており、この財産を利用しないことは日本にとってマイナスである。例えば、海外勤務経験者には、このネットワークを介し、非公式なチャネルを通じて国外の国際開発機関と情報交換を行うことで、開発援助に関するグローバルなコンセンサス作りに日本が影響を与えることも可能になるのではないか。

  3. 日本の開発研究機関の協力体制強化

     JBICの開発金融研究所は、インフラ整備に関するJBICの実績を背景にしており、またGlobal Development Network(GDN)の日本ハブでもある。JICAの国総研は、人材育成(キャパシティ・ビルディング)に強い。JETROアジ研は、アジアの研究者・研究機関のネットワークを持っている。その他、FASID大学NIRAもある。問題は、これらが日本として1つになっていない。JBICがGDNの日本ハブになっているので、とりあえずそれを使うのも一案である。インフラ整備、人材育成、研究協力等についてオールジャパンのチームを作ってはどうか。

 アジアについて日本は豊富な知見があるので、東アジア各国の開発研究機関(シンガポールのISEAS(GDNの東アジアハブ)等)やアジア開銀研究所、国連大学などと連携し、アジアの急速な経済発展の理由を解明する。これに基づいて、他の地域でも適用可能な政策を提案することは、多くの途上国にとって有益なことである。更に、「アジア域内の貿易・投資の拡大や共通通貨圏構想」といった将来的な課題の研究について、各省庁や研究機関がそれぞれこぢんまりと行うのではなく、国内・海外と幅広く連携し骨太の成果を出して、国際的にアピールすることも視野にいれて良いのではないか。将来的には、アジアで貿易・投資・通貨が一つの所に向かうよう、研究を積み上げていくことが重要である。日本経済は成熟しきっており、アジアと有機的に結びついて共に成長しなければ、日本の成長はない。ただし、地域主義を強く打ち出すと批判もあり得るので、オープンな地域主義とする必要がある。

 この関連で、現在「理念」や「手続き」ばかりで「内容」の充実が課題となっているPRSPについて、これをアジアの経験を活かしつつ具体化する「アジアモデル」を構築して、アジア内、更には他の地域に提示していくことも一案である。これは日本としてアピールできる。実は、2000年に第2回GDN総会が東京で開催された際、日本側の資金提供によりPRSPの研究を打ち上げようとしたが実現しなかった。その背景には、80年代の世銀の構造調整融資(SAL)は成功した場合だけではなく、世銀のアプローチに対する不信感が残っていたこともあったと思う。貧困削減戦略といっても、貧困者が多すぎるので成長戦略と大差ない。成長戦略を考え実施に移せるアジアの人を見つけてキャパシティ・ビルディングを行い、取り込んでいくことが課題である。

 GDNは、世銀から分離した研究者と政策担当者のネットワークで、7つの途上国ハブ(アジアはシンガポール)、3つの先進国ハブ(ワシントン・ボン・東京)を持っており、途上国研究者のキャパシティ・ビルディングによる政策立案能力向上に重点を置いている(宮沢大臣が始めた開発賞、研究コンペ、研究プロジェクト等)。また、インターネットを最大限に活用し(www.gdnet.org)、人的交流も重視している(過去3年間、ボン、東京、リオで年次総会を実施、来年はエジプトの見込み)。途上国を含む世界の研究所・研究者のネットワークとしてそれなりのものが出来上がっているので、十分使える状態になっている。日本の研究機関も東京(JBIC)とシンガポールのアジアハブを上手に活用すると良いと思う。

  1. 席上出された意見
  1. 日本の開発研究のケーススタディ志向について
  1. 英語でのコミュニケーションスキルについて
  1. 政策・実務者と研究者の連携強化
  1. 日本のODAの理論的裏付け・正当化について
  1. 世銀の開発研究への対応について
  1. 開発研究の政治的側面について
  1. 貧困層の考えの反映について

(以上)