国際開発ジャーナル2002年12月号寄稿

貿易と環境のかかわりとODA

ヴァージニア大学 経済学博士候補
吉野 裕 (よしの・ゆたか)

ヨハネスブルグで行われた「持続可能な開発に関する世界首脳会議」(ヨハネスブルグ・サミット:WSSD) では、実施計画草案の貿易をめぐる箇所が、先進諸国と開発途上国グループ間の争点の一つとして最後まで交渉が難航した。持続可能な開発という概念のもと、開発協力事業においても環境問題への配慮が不可欠との認識は定着しているが、貿易・投資といった問題がなぜそこまで絡んでくるのかと疑問を覚える人も少なくないだろう。
「経済活動のグローバル化」や「環境問題などの地球規模問題の深刻化」などは、日本の政府開発援助(ODA)政策でも触れられているが、これら二つの間にいかなる相互作用があり、どのように有機的に日本のODA政策を形成しているのだろうか。

「貿易vs環境」「南vs北」の二分立構造
ヨハネスブルグ・サミットにおける貿易・環境に関する論争は、1992年のリオ・サミット以来続いている南北間の貿易と環境にかかわる二分立構造の表れである。一方で、貿易・投資自由化がもたらす経済活動の拡大が地球環境に過度な負担を与え、先進国に比べて環境基準の緩い途上国で環境破壊を悪化させるということから、自由貿易でなく「公正な貿易」の促進を訴える先進国の環境保護団体(そしてある程度それを代弁する先進国)がある。
もう一方で途上国は、「Green Imperialism」というキャッチフレーズの下、彼らにとってすでに不公平な世界貿易システムに、環境ルールを持ち込むことでますます不公平にすることに抵抗し、市場アクセス拡大、開発資金フロー増加を求める。特に、複雑化する先進国の国内環境基準は途上国の市場アクセスを妨げる非関税障壁であるとして批判を展開する。
環境は北のプライオリティーであり、南は開発支援の増額、技術移転などの面で北からのコミットメントがない限り交渉に応じないとし、「貿易」対「環境」、「南」対「北」の二分立構造ができあがった。
温室効果ガス排出やオゾン層破壊などの地球環境問題、あるいは酸性雨といった地域・越境型の環境問題の場合は、自分も被害を被るという理由から、先進国が積極的に途上国の環境政策強化を支援する動機は存在する。
他方、そのような動機が存在しない国内環境問題であっても、国の状況に応じた適正な環境政策がとられていない限り、環境破壊という外部不経済の効果はモノの輸出入を通じて国外に波及する。関税などの輸入規制をかけるべしとの議論もあるが、現行の世界貿易機関(WTO)体制下では、環境基準も含めて製造過程の基準を理由に輸入品を差別するような輸入国側の政策は、基本的に禁じられている。
そこで、多角的貿易ルールの中に環境政策の調整機能を盛り込むといった、いわゆる貿易ルールのグリーン化の議論に進展するわけである。それは、世界市場のインセンティブを生かした環境への配慮をグローバルな形で実現し得るという意味で、それなりのメリットはある。また、消費過程における汚染対策としての製品基準を透明化し、保護主義的な目的での環境基準の適用を回避する役割もあろう。
しかし、経済協力開発機構(OECD)諸国間のPPP(Polluter Pay Principle)原則のように、環境分野の政策調整・調和のための規範が貿易ルール外にすでに存在している場合と違って、環境法整備状況・行政対処能力に差異がある途上国も含む場合には、グリーン化した貿易ルールを枠組みとして一方的に押し付けるだけでは効果がない。ルールに似合う対処能力を持たせるためのキャパシティー・ビルディングへの国際的支援が伴わねばならない。
昨年の第4回WTO閣僚会合(ドーハ) で立ち上げられた新ラウンドのプロセスでは、まさにキャパシティー・ビルディングの必要性が重視され、世銀などの開発援助機関も積極的に貿易関連の技術協力を始めている。貿易ルールのグリーン化に伴うというよりは、むしろそれに先だったキャパシティー・ビルディング支援は、「ドーハ開発課題」の核心の一部でもあろう。

途上国のキャパシティー・ビルディング
何事についても、三つの要素を組み合わせるということには、対立する二者間の負の作用を第三者の導入によって中和させ、さらに全体に正の相乗効果をもたらすという意味がある。貿易・環境にかかわる議論においても、南北の差異を示す構造問題として開発を事象的にとらえるのではなく、むしろ開発援助政策・戦略として積極的・行動志向的にとらえることが重要である。そうすることによって、これまでの二分立構造を打破することができるだろう。
つまり、貿易・投資における途上国の世界経済への参加促進と国内環境の十分な配慮、地域・地球環境問題への適切な対応のバランスを確保するために、キャパシティー・ビルディングを核とした支援を行い、貿易促進の利益と環境保護促進の利益の両立という「win-win」の図式を途上国の開発戦略にもたらすということである。
具体的には、途上国産業の輸出能力向上、先進国市場へのアクセス能力向上、そのための国際水準に見合う国内基準整備、中小企業支援といった途上国の民間セクター開発の支援から、環境適性技術の移転促進や機構整備、政府の環境政策策定支援、持続可能な貿易政策推進支援など、その分野は幅広い。
日本のODA事業において、こういった協力はすでに行われており、「政府開発援助に関する中期政策」の重点項目である知的支援の対象にも含まれている。
しかし、これをさらに前進させ、将来の経済パートナーを育てる戦略として包括的にパッケージし直すことにより、貿易・投資による経済のグローバル化と地球環境保全を両立するために日本のODAがどう対応しているのかなど、ODAの意義を国民に分かりやすく説明することができるだろう。
地球全体の環境保全の努力を妥協させることなく、途上国の持続可能な産業育成政策、貿易政策、輸出振興政策を支援することによって、世界の経済システム成長・安定に資するよき経済パートナーを育て、それにより自分も受益するというアプローチをもっと前面に出してもよいのではないだろうか。
先日発表された日本政府の「WTO新ラウンド交渉における基本的戦略」では、まさに世界経済システムの安定に途上国を取り込む貿易戦略、そのためのキャパシティー・ビルディングについて触れられているが、そのような意図を、貿易政策、開発協力政策、環境政策の間の包括的な戦略として体系化することが必要だ。
また、そのような戦略をモデル化して、たとえばアジア地域で応用すれば対外的な説明力や広報効果も強くなるだろう。実際に米州ではNAFTA(北米自由貿易協定)に盛り込まれ、さらにはFTAA構想※にも応用されるだろうし、欧州連合(EU)でも域内拡大で実践されている。
日本としても自由貿易協定(FTA) への取り組みと連携させることも効果的かもしれない。さらに、ODAを引き水として活用し、日本および支援対象国の民間企業を巻き込むことも、戦略の持続性には欠かせない。

ODAとグローバルな枠組みとの連携を
さらに、ODAも、複雑化する多角的貿易体制(WTO)や環境問題に対する地球的な取り組み(国連、多国間環境協定)といったマルチラテラル、グローバルな機構・枠組みとの連携をより強く生かした政策をとるべきである。条約や行動計画などのマルチ枠組みの下に設置された信託基金などを、マルチ・バイ協力を通じて効果的に活用するとともに、そのような具体的な協力事業の成果をフィードバックしていくことにより、枠組みの形成・進化への知的貢献につながる。
グローバルな問題についてのマルチ機構・枠組みは、その存在意義からして個別分野の課題に対応するものであり、枠組み間の調整はそれに参加する加盟国間の外交作業にかかっている。その際に、法制度の技術的な問題を乗り越えて、形でなく実からの調整を可能にするのが柔軟性のある開発協力であろう。
たとえば、貿易ルールのグリーン化議論に関連して、WTO新ラウンドでは、貿易措置を条項として含む多国間環境協定とWTOとのルール上の整合性を図ることがマンデート(義務)とされている。法制度の技術的側面で貿易と環境の調整が先行しがちだが、法的な整合性とともに、貿易・環境にかかる技術協力プログラムを有機的に連携し、開発を通じての蝶番的な調整効果を狙うことも意味がある。
ODA予算削減で量より質がODAに求められる現在、国民が納得できる形で、いかに役割を明確にし、メリハリを利かせた協力戦略を立てていくかがカギになるだろう。

【注釈】
※FTAA(Free Trade Area of the Americas、米州自由貿易地域)構想:2005年発足を目標に、キューバを除く南北アメリカ34カ国の参加の下、相互に関税を撤廃するだけでなく、貿易や投資を自由化するというもので、実現すれば人口8億人、域内国内総生産(GDP)合計が11兆ドルを超える世界最大の貿易圏となるといわれる。

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