ワシントンDC開発フォーラム
DC Development Forum


国際開発ジャーナル2002年4月号寄稿

貧困削減戦略国際会議報告
「PRSPアプローチの現状と今後の課題」

在米国日本大使館一等書記官・経済協力担当
紀谷 昌彦

  アフガニスタン復興支援国際会議が東京で開催された一週間前の1月14〜17日、米国ワシントンDCの世界銀行・国際通貨基金(IMF)本部で、「貧困削減戦略国際会議」が開催された。同会議は日本ではほとんど報じられることがなかったが、ウォルフェンソン世銀総裁とケーラーIMF専務理事がそろって開会式と閉会式の双方で挨拶し、マロック・ブラウン国連開発計画(UNDP)総裁やフィッシャーIMF専務理事顧問(前IMF筆頭副専務理事)も基調講演を行うなど、開発関係者の注目を集める大規模な国際会議となった。
この会議は、いわゆるPRSP(貧困削減戦略ペーパー)アプローチのレビューの一環として、幅広い関係者のインプットを総括するために開催されたものであり、同会議に出席しての所感を交えつつ、会議の概要とPRSPアプローチの今後の課題について説明したい。

PRSPとは
 PRSPは、途上国のオーナーシップの下、幅広い関係者(ドナー、NGO、市民社会、民間セクターなど)の参加・パートナーシップにより、長期的視野・包括性・結果を重視して作成される、貧困削減のための経済・社会開発計画である。このPRSPは、約2年前に、HIPC(重債務貧困国)に対する債務救済のコンディショナリティとして貧困削減の推進が必要となったことを契機に始まり、これまで債務救済と連動する形でアフリカ・中南米中心のHIPC約40カ国で策定が推進されてきた。
  しかし、PRSPは当初よりHIPCに留まらず、国際開発協会(IDA)融資対象国約70カ国が対象となっており、アジアでもこれまでカンボジア、ベトナム、モンゴル、パキスタンなどで広く検討・策定作業が進んでいる。このPRSPを中心に据えたアプローチは、途上国の開発にかかわるステークホールダーに開放された参加型のプラットフォーム(コミュニケーション手段)として世銀・IMFが提唱し、開発コミュニティーのなかでその推進につき広範な支持が得られつつある。
  昨年8月より、このPRSPアプローチのレビュー作業が開始された。ドナー国・国際機関やNGOなどからの意見書の提出が求められ、また途上国関係者の意見を吸い上げるべく、東アジア・アフリカ・中南米・中央アジアで本件に関する地域会議が開催された。今回のワシントンDCでの会議は、これらのインプットを総括するために開催されたものである。今後、同会議の議論も踏まえて、世銀・IMF事務局が報告書を作成し、3月の世銀・IMF理事会、4月の世銀・IMF合同開発委員会で、PRSPのレビューおよび今後の方向性について議論が行われる予定である。

貧困削減戦略国際会議の報告
  1月14日朝、IMF本部大講堂での開会式で、ケーラーIMF専務理事とウォルフェンソン世銀総裁が、これまでのPRSPの成果と本会議での課題について、約200人の出席者を前に熱弁を振るった。
  引き続いての全体会合では、PRSPを完成させた9途上国の代表が、各々自国の経験を説明した。PRSPのメリットとともに問題点も多々指摘され、たとえばタンザニアの貧困削減担当大臣は、環境NGOが希少種のカエルの保護を求めて発電所建設に反対した例を取り上げて、「参加」の確保の行き過ぎに異議を唱えた。また、途上国のパネリストからは、危機の渦中にあったアルゼンチンに言及しつつ、「われわれは世銀・IMFを過信してはならない」と発言する場面もあった。
  その後、世銀・IMF担当部局責任者が会議の論点ペーパーを説明したが、参加者に対して「皆様は驚くかもしれないが、私たちは皆様の意見を聞くためにこの場にきている」と述べたり、さらに地域会議での結果を途上国側から紹介させるセッションを設けるなど、普段はドナー機関として途上国に対して大きな権限を持つ世銀・IMF事務局は、ソフトタッチのアプローチを効果的に印象付けていた。
  15・16日は、「参加」、「貧困削減戦略の内容」、「ドナー支援・パートナーシップ・融資制度」の3大テーマに沿って討議が進められた。
全体会合では、世銀・IMF本部の大講堂で、著名人を含むパネリストによる基調講演・プレゼンテーションを中心に行われたが、テーマごとに分科会も開催され、「参加」は政府各省庁と議会、市民社会、ガバナンス、ドナー、「戦略内容」はマクロ経済政策、公的支出政策、目標・指標・モニタリング、構造・セクター政策、「パートナーシップ」はIDA融資、バイ・マルチ支援、IMF貧困削減成長融資、さらに特別分科会として紛争経験国、HIPCイニシアティヴとPRSPのリンクの是非といったトピックについて30人程度のセミナー形式で活発な議論が行われた。
  16日夕刻には、途上国各地域とドナー、市民社会の各々のグループに分かれて議論・立場の整理がなされた。
最終日の17日には、各地域の代表が壇上に並んで各々の議論・立場を紹介し、最後に世銀・IMF担当部局責任者からもコメントがあった。途上国側は、PRSPがオーナーシップを尊重し参加プロセスを促進している点で評価し、これを基本的に正しい方向性として受け入れつつ、今後の課題として途上国政府のキャパシティ・ビルディングへの協力やPRSPの実施を裏付ける形での援助供与を求めた。
  ドナー側は、PRSPを支持し、ドナー自身の努力の必要性を認めるとともに、援助供与の貧困削減効果を具体的に測るべく、モニタリング整備の重要性を強調した。世銀・IMF事務局は、途上国に解決策を押しつけずに(not overly prescribing)、途上国自身が政策を決定し、また途上国間で経験を共有していくことが大切であり、このプロセスは行うことにより学ぶもの(learning by doing)と述べるなど、あくまで一歩引いたスタンスを述べていた。
閉会式にはウォルフェンソン世銀総裁とケーラーIMF専務理事が姿を見せ、オーナーシップとパートナーシップの原則を堅固に維持する必要があること、「議論」ではなく「実施」にこそ意味があることなどを強調して出席者に協力を求めた。
わが国からは外務省、財務省、国際協力事業団(JICA)、国際協力銀行(JBIC)の関係者が出席した。初日の朝には一堂が集まり対処方針をすり合わせて「オールジャパン体制」を整え、4日間の会議を通じて、オーナーシップへの十分な配慮、途上国政府のキャパシティ・ビルディングの必要性、貧困削減における成長の役割の重要性、個別国の事情に対応する多様なスキームの意義などにつき積極的に発言を行った。とくにJBICの橘田開発業務部長は、マロック・ブラウンUNDP総裁と並んで「パートナーシップ」全体会合のパネリストを務め、ベトナムの例を題材にしてPRSPに対するわが国とアジアの視点を紹介した。

PRSPアプローチの課題と日本の役割
  以上の会議の内容から察せられる通り、PRSPアプローチには未だ課題・問題点が多い(会議席上でも「コップに水が半分あり半分カラの状態(half empty, half full)」との比喩がなされていた)。とくに、オーナーシップ・パートナーシップなどの「理念」や「手続き」は示され、PRSPは「ペーパー」としては作成されつつあるものの、その戦略・政策の質という「内容」や、現実の世界での「実施」の面で克服すべき問題は大きく、新アプローチ導入だけで目に見える現実の成果が短期的に実現することは期待できない。開発問題の困難さに鑑みれば、これは当然である。
  しかし、この新たな参加型のプラットフォームは、関係者の広範な支持を得つつある不可逆的な流れとなってきている。とくにこのプロセスが途上国現地での支援方針や支援内容を実質的に決定していく性質のものであることから、二国間のトップドナーであるわが国としても、さまざまな形で一層関与し貢献することが求められている。
たとえば理論面では、わが国が自国および東アジアの開発の経験を分析・理論化することにより、わが国の開発理念(哲学・思想)やアプローチを明確にしてPRSPの文脈で提示すれば、途上国の貧困削減政策、さらに開発政策一般への積極的な貢献となる。また、個別の途上国についても、その国に対するわが国の長年の経済協力の成功例や現地の情報を整理・集約してインプットできれば、その途上国のみならず他ドナーにとっても大いに活用できるものとなるはずである。
  昨今、「顔の見える援助」の重要性が強調されているが、日本人が自ら事業を行ったり日本国旗を供与物資に明示したりすることはその一面に過ぎないように思われる。わが国の開発理念・アプローチやODA事業が、PRSPプロセスのような対話の場を通じて広く途上国や他のドナーを含む開発コミュニティーより評価を受けるようになれば、日本の「顔が見える」形で世界に貢献することができるものと考える。

*主要関係資料については、世銀およびIMFのウェブサイトを参照。
世銀=http://www.worldbank.org
IMF=http://www.imf.org
  本稿の作成に当たり本件会議出席者より有益なコメントをいただいたが、内容はあくまで筆者の個人的な見解であり、日本政府の立場を述べたものではない。
  本稿に関するご質問・ご意見等は電子メール(kiya@kiya.net)を頂ければ可能な限りお答えしたい。