ワシントンDC開発フォーラム
DC Development Forum


国際開発ジャーナル2002年3月号寄稿

日本の開発研究の課題―「キャパシティ・ビルディング」

川辺英一郎・朽木昭文
世界銀行経済分析局/GDN担当シニア・エコノミスト

  ワシントンは世界中から多様な政策アイディアを持った人間が集まり、論争し、政策を練り上げている都市である。開発政策においても、このことはあてはまる。世銀の強みのひとつは、政策・実務担当者と研究者が相互交流・連携が日常的に行われていることである。現実の課題が研究者に伝えられるとともに、最新の研究成果が政策・実務担当者にフィードバックされる。例えば、経済分析局では毎週セミナーが開催され、大学教授やPhDの学生が論文を発表して、世銀のスタッフと討論を行っている。こういった知的交流を背景に、世銀ではスタンダードな経済理論による開発事業の意義付けを行い、理解者を獲得しやすいフレームワークづくりを行っている。

  「キャパシティ・ビルディング」とは、開発に資する人材・組織を途上国内に育成することを意味する。しかし、これは日本国内でも必要であり、特に、開発研究の国際競争力を向上させる必要を感じることが多い。そのためには、研究者が政策・実務担当者と連携し、欧米や途上国の研究者との交流を強化することが急務であると考える。その主な理由は4つある。

(1)日本の財政状況は厳しく、対外収支の黒字が縮小していく傾向にあるため、ODAの量的拡大は困難であり、費用対効果の高いODA戦略を確立する必要がある。開発研究を強化することによって、日本の開発事業の効率を高めるとともに、その意義を国内外にアピールすることができる。

(2)現在、途上国にPRSP(貧困削減戦略ペーパー)の作成を促す動きが世銀を中心に始まっている。PRSPの特長は「貧困を減らす成長」を追求し、保健や教育の分野を重視することにある。日本の開発援助はこれまで成長を重視してきており、貧困削減に一定の成果をあげてきたが、今後は、PRSPの文脈の中で日本の開発援助の有効性を位置づけることが必要となる。そのため、日本の開発コミュニティの情報発信力を強化する必要がある。

(3)研究には外部経済効果があり、研究者のネットワークを強化することでその効果を高めることができる。現在、情報通信技術の発達によりグローバルな情報収集・交換を行うことが可能になっており、ローカルな知識を地球的な規模で利用できる環境が整ってきている。開発研究に関しても、国内外のネットワークを強化することで質を高め、より効果的な政策を立案することが可能になってきている。

(4)21世紀は、世界がグローバル化してヒト、モノ、カネなどの面で一体化が進むと予想されるが、それを先取りする形で、ヨーロッパ、アメリカではネットワーク化が進行している。一方、アジアでは、各国間の経済、政治、文化の違いが大きいため、ネットワーク化の動きが鈍く、アセアン+3(日本、韓国、中国)を中心とした「アジア・ネットワーク」の強化は重要な課題となっている。日本とアジア各国の研究者の連携を図って、キャパシティ・ビルディングを推進することは、その一助となる。

  以下、具体的な政策提言を行いたい。

(1)日本においても、研究者と政策・実務担当者の協力体制を構築することにより、政策志向の研究を強化する必要がある。とくに、「援助哲学」と「ケーススタディ」を結びつける「フレームワーク」の研究を強化する必要がある。さらに、研究者が海外コンファレンスで積極的に研究発表し、他国の研究者と討論を重ねることにより、切磋琢磨できる環境をつくることが重要である。

(2)日本の開発研究機関の協力体制を強化することも重要である。JBIC、JICA、JETRO/アジア研究所、FASID、NIRA、各大学の開発関係学部、開発NGOなどをネットワーク化し、日本が比較優位を持っている「ケーススタディ」の研究成果を海外に発信することが重要である。さらに、開発援助に関する文書・統計や研究者・研究機関に関する情報をデータベース化し、ネットワークの共通財産とすることも一案である。自分とは異なるアイディアに容易にアクセスできる環境をつくることは、研究の質を高める上で重要である。また、世銀などの開発機関の勤務経験者にこのネットワークに参加してもらい、このネットワークを介して国外の開発機関と非公式に情報交換を行うことで、開発援助に関するグローバルなコンセンサス作りに日本が影響を与えることも可能になるのではないか。

(3)アジアについて日本は豊富な知見があるので、アジアの開発研究機関やアジア開銀研究所、国連大学などと連携し、スタンダードな経済理論に即した形で、アジアの急速な経済発展の理由を解明する。これにもとづいて、他の地域でも適用可能な政策を提案することは、多くの途上国にとって有益なことである。さらに、「アジア域内の貿易・投資の拡大や共通通貨圏構想」といった将来的な課題の研究を行うことも視野にいれてもよいのではないか。

(4)我々が携わっているGlobal Development Network (GDN)も途上国研究者のキャパシティ・ビルディングに重点を置いており、昨年6月より世銀から独立した機関となった。GDNは研究者と政策・実務担当者のネットワークを形成することを目的としており、途上国に7つ、先進国に3つのネットワークがある。このネットワークを利用して世界中の開発研究機関と連携を行うことは、日本の開発研究強化の一助となる。

  「日本の援助は顔がみえない」と評されることもある。今後、研究者と政策・実務担当者が連携することによって、「日本の援助は貧困削減に役立つ」というイメージを確立することができれば、日本にとって大きなプラスとなると確信している。