ワシントンDC開発フォーラム
DC Development Forum


国際開発ジャーナル2001年10月号寄稿

ワシントン便り 
「『貧困者の声』を生かすITの可能性」

世界銀行 信託基金・協調融資局
山田 浩司

  1980年代に世界銀行が推進した構造調整政策は、経済自由化によるマクロ経済の安定をめざすものだったが、他方で自由化がもたらしたグローバリゼーションの進展は、その恩恵から疎外される弱者を生み、不平等が激化した。このため、90年代は援助の社会的側面が世銀内でも強調されるようになり、さらに貧困削減が近年の開発援助における一大潮流となってきている。この貧困削減について世銀では、ITを活用したさまざまな支援を展開している。

  「世界開発報告2000/01年版」編集に先立ち、世銀は「貧困者の声(Voices of the Poor)」という背景調査を行なった。この調査は、世界60カ国6万人の貧困者から聴き取りを行ない、各々の貧困に対する個人的考えを体系的に収集したものである。ここで指摘されたのは、貧困者個々人は自分の置かれたリアリティをよく理解しているが、問題解決に必要なアイデアや知識が他の貧困者と共有されることは少なく、必要な資金へのアクセスは困難で、経済自由化やグローバリゼーションの荒波にさらされる彼ら自身の声が、政治家や国内行政、国際社会にはなかなか届かないということだった。「貧困者の声」は、日本の学生ボランティアの協力を得て翻訳作業が行なわれ、現在世銀東京事務所で入手可能である。

  2000年12月、ワシントン世銀本部において「地域と国際社会のコネクティビティ」と題したワークショップが開催され、貧困者のリアリティと国内及び国際社会の世論形成、政策形成をつなぐいくつかの試みが紹介され、地域レベルでのデジタルディバイド対策や知識・情報共有の促進策、コネクティビティ促進に必要な環境整備、そのなかで世銀はいかに「貧困者の声」を聞き、業務に反映させるかなどが議論された。

  同ワークショップでは、貧困者エンパワーメントの手段としての情報通信技術(IT)の可能性を高く評価している。バングラデシュのGrameen TelecomやインドのGyandoot、TARAHaatといった、携帯電話やインターネットを活用して農産品市況や行政サービス情報、医療アドバイスを入手したり、Eコマースを通じて農業投入財と農産品取引市場の形成を促す事例や、ブラジルのCDIというNGOが先進国の民間助成財団の支援を受けて実施中の、スラムや学校を舞台としてコンピュータ技能訓練を通じた民主主義、環境、教育、保健衛生、人権面の啓蒙普及を図る試み等が紹介された。

  本年5月には、「インドにおける農村貧困層のコネクテビティ実現」と題したワークショップがマハラシュトラ州で開催された。これは、ワシントンのワークショップを受けて各国レベルで具体的行動計画を策定することを目的としたもので、今後ブラジルと南アフリカ共和国でも開催予定である。

  ITは単に貧困者個々人の生活向上にとどまらず、貧困者間のネットワーク形成や行政のつながりの強化を通じて貧困層全体の生活向上にもつながる。例えば、インド・グジャラート州のSRISTIというNGOは、農村住民個々人に内部化され近隣住民とすら共有されていない優れた在地の技術やノウハウを発掘し、住民間での共有を図るとともに、こうした草の根技術を知的所有権として保護する活動(HoneyBee Network)を実施している。この貴重な在地の知識のデータベース整備のため、世銀はSRISTIに対してInformation for Development Program (infoDev)を通じて資金供与を行なっている。途上国政府によるIT利用が進めば、単に政府内の事務手続の効率化だけでなく、行政サービス情報提供も効率化され、こうした支援を最も必要とする貧困者が情報入手する際の費用軽減につながる。インドについては、ワークショップで策定された行動計画具体化に向け、ITリテラシー教育や、Eコマース、Eガバナンス促進を支援するプログラムが、現在世銀では検討されている。

  ITを貧困者のエンパワーメントに積極的に活用して現地レベルで既に始まっているこれらの試みは、世銀だけではなく、九州沖縄サミットを契機に途上国のデジタルディバイド対策支援を本格化しつつある日本にとっても、大いに参考になる事例ではないだろうか。

   生活向上に資する情報を共有するウェブサイトの運営には、維持管理に必要な費用をカバーするビジネスモデルを構築できる企業家的人材の成長が必要である。また、インターネット上での情報共有や市場形成に貧しい人々の参加を促すには、新規事業資金を融通する金融メカニズムだけでなく、彼らの企業家精神を刺激し事業運営能力が向上する必要がある。こうした分野での支援は、技術協力を行なう政府系援助機関や国際的NGO以上に、現地住民とのコミュニケーションに直接関わり、現地の事情に精通している日本のNGOの経験とアイデアが生活かされる場になり得る。世銀には、infoDevやDevelopment Marketplaceのように、地域から生まれた革新的アイデアに注目してパイロット事業の実施を支援するプログラムやイベントがある。先進国の個人や団体がプロポーザルを提出できるものも多いので、日本からも是非積極的にご参加いただけたらと思う。

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